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「こつん」と痛いものを埋め込む。脚本家・筒井ともみさんの人間の描き方

 「いいね!」という児童書の売れ行きが好調だ。昨年12月に刊行され、4月中旬時点で発行部数は41000部(8刷)。「『さびしい』っていいね」「『でかいウンコ』っていいね」などの短い物語で編まれた本書は、世の中の様々な出来事を前向きに捉えるヒントが散りばめられており大人も味わえる。著者は脚本家で作家の筒井ともみさん。筒井さんはこれまで「食べる女」や「阿修羅のごとく」など、大人の人間模様を描いた作品を手掛けてきた。今回、児童書を手掛けた動機や、人間を表現するときに心がけていることなどを聞いた。(文・平川透)

―「食べる女」など、大人の人間模様を描いた作品が多いですが、今回、児童書を執筆しました。

 今まで嫌だと思っていたものが違ったものに見えてくるという話をやりたかった。子どもにだって孤独があれば無聊(ぶりょう、退屈の意)もある。世界が嫌だなって思うことがいっぱいあると思う。「汚い」「くさい」「いじめられる」「仲間はずれにあう」。そんな嫌なことに一つひとつ向き合った先にある「いいね」と思えるものを見せてあげたかった。

―「『さびしい』っていいね」という話も収められています。後ろ向きなことを前向きに捉えるにはどうすればよいですか。

 まずは受け入れてみることが大事。悲しみでも何でもね。映画「食べる女」で小泉今日子さんのセリフとして書いた「氷の塊でも、抱きしめているとジュワーとやさしい水になる」ということだと思う。

 嫌なことを受け入れることはなかなか難しいかもしれないけれど、1度やってみたらいいかもしれない。受け入れて、抱きしめて、感じるということはすごく大事なこと。

―本書には「『でかいウンコ』っていいね」のようなインパクトのあるタイトルのストーリーがたくさん出てきます。

 学生時代の実話もあるけれど、ほとんどは創作。いろいろな話があるので、担当編集者のアドバイスを聞いて「学級感」を出し、筋を通した。個別のストーリー作りに関しては、資料をあたるようなことが苦手なので、あまりしない。大体、降ってくる。

 降ってくると言うと何か格好よい響きだけど、何かを作る時に備え、いつも自分を透明にするようにしている。細胞がサラサラしているような状態を保ちたい。だからちゃんとおいしいものを作って食べているし、何歳になっても自分を閉ざさずにいたい。そんな心がけの行き着く先の一つが「月光浴」。月の光を浴びていると自分の体の“カタチ”を感じられる。自由だけれど、つつましくなれる。

―人間を表現するという仕事で心がけていることは。

 昔、先輩のプロデューサーに言われた言葉が「どんな人物にも一滴の涙を埋め込め」。くさい言い方だけれど、よい言葉だと思った。どんな人にも触れられたくないこと、つらいことがあるはず。チャラチャラした人でも、大金持ちでも、エリートでもね。実際に表現するかどうかは別にして、人間の中にどこか「こつん」と痛いものを埋め込んでみる。

 女性を描くときは自分の血を1滴入れる。何百人と女性を書いてきたが、大本のモデルは自分という1人の人間。女性の登場人物は、どこかしら自分とつながっている分身。作るお話はどんなにぶっ飛んでいてもいい。ただ人物には魂のリアリティーが必要だと思っている。どこかで自分とつながっている人物にはリアリティーがある。自分の思いを一滴注ぐということをいつも心がけている。

「いいね!」筒井ともみ・著、ヨシタケ シンスケ・イラスト、あすなろ書房、2018年

筒井ともみ(つつい・ともみ)
脚本家。成城大文芸学部を卒業後、脚本活動に。テレビドラマ「響子」「小石川の家」で向田邦子賞、「それから」でキネマ旬報脚本賞、「失楽園」で日本アカデミー賞優秀脚本賞、「阿修羅のごとく」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。著書に「食べる女」(新潮社)、「いとしい人と、おいしい食卓」(講談社)など。
日刊工業新聞2019年5月6日記事に序文を加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
筒井さんの自宅で二時間近く時間をいただきました。筒井さんがこれまでに関わってきた俳優たちとのエピソードはどれも刺激的で貴重でした。

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