【カーリング・本橋麻里】地元で見つけた世界での勝ち方
著者登場/『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』
―執筆のきっかけは何ですか。
「依頼があり人の手を借りて経験などを本として残すのも大事と考えた。結果を求めると言うより、選手を休むという決断をした中でチャレンジしてみようと思った」
―「人生の中にカーリングがある」といった考え方の変遷も書かれています。
「私が10代の時に見たスウェーデンのカーリング女子代表が格好良かった。スポーツを仕事として自分の中でしっかりとかじをとっていて魅力的だった。4年に1回のオリンピックに出ることが目標で、楽しむよりは『勝たなきゃいけない』と頭がいっぱいになる時期があった。では誰のために勝つのか、そもそも何のためにオリンピックを目指すのか、カーリングを楽しむ感覚も薄れてしまっていた。つらい経験もあったが、振り返ってみると無駄ではなかったとは思う」
―そんな点もロコ・ソラーレの立ち上げにつながるのですね。
「実業団ではなくカナダで多いクラブチームで、選手の意思で集まってやるスタイルがある。地域とカーリングが近い環境だったので私は好きだった。それを一歩進めたのがロコ・ソラーレ。ただ『地元でやろう』とずっと思っていたわけではない。故郷を出て青森へ武者修行に行かせてもらい気づいたことが多かった」
―ロコ・ソラーレでは、チームメートと何でも言い合うことが重要だと紹介しています。
「氷上に立っている時は年齢は関係ない。目標を達成するためには、自分が何を思っているか話さないといけない。年が違うのも育った環境が違うのも当たり前。私はそうした違いに興味があった。チームのために、仲良しこよしになるのと、最善を尽くしてミーティングに参加するのは違うので、そこはしっかりできていた」
―選手生活を休まれましたが、どんなことに取り組みますか。
「一般社団法人として立ち上げたのも、選手を休んだのも、選手の環境をより良くしたいと思ったから。氷の上でなくてもカーリングをしているのに変わりはない。夢の一つが関東での大会の開催。選手にアイスアリーナを経験させたいし、ファンも地方に行くのが難しい場合もある。生で観戦してもらえる人口を増やしたい」
―地方創生についても言及しています。
「ロコ・ソラーレではさまざまな人を巻き込みながら目標達成する楽しさを共有している。特産物や気候など何が強みかは地方によっても違う。その町の良さを知っているのは、その町に住んでいる人と外から見た人の意見。一歩離れた人の意見を聞くことで気づくこともある。田舎だからとシャットダウンせずに融合ができていくと面白い」
―地元の北見工業大学との連携も考えていますか。
「カーリングはまだまだ研究されていないスポーツ。北見工大のカーリング部は規模も大きく、そこで出会ってカーリングにはまり北見にそのまま住んでくれる人もいる。カーリングをやっていないと発見できないことが多いので、北見工大の学生が取り組んでいる研究などは将来につながると思う」
(聞き手・山岸渉)
◇本橋麻里(もとはし・まり)氏 一般社団法人ロコ・ソラーレ代表理事
チーム青森の一員として06年トリノ、10年バンクーバー両五輪に出場。同年ロコ・ソラーレ設立。12年日体大体育学部卒。18年平昌五輪で銅メダル獲得。同年ロコ・ソラーレ代表理事就任。北海道出身、32歳。>
『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(講談社 03・5395・4415)
「依頼があり人の手を借りて経験などを本として残すのも大事と考えた。結果を求めると言うより、選手を休むという決断をした中でチャレンジしてみようと思った」
―「人生の中にカーリングがある」といった考え方の変遷も書かれています。
「私が10代の時に見たスウェーデンのカーリング女子代表が格好良かった。スポーツを仕事として自分の中でしっかりとかじをとっていて魅力的だった。4年に1回のオリンピックに出ることが目標で、楽しむよりは『勝たなきゃいけない』と頭がいっぱいになる時期があった。では誰のために勝つのか、そもそも何のためにオリンピックを目指すのか、カーリングを楽しむ感覚も薄れてしまっていた。つらい経験もあったが、振り返ってみると無駄ではなかったとは思う」
―そんな点もロコ・ソラーレの立ち上げにつながるのですね。
「実業団ではなくカナダで多いクラブチームで、選手の意思で集まってやるスタイルがある。地域とカーリングが近い環境だったので私は好きだった。それを一歩進めたのがロコ・ソラーレ。ただ『地元でやろう』とずっと思っていたわけではない。故郷を出て青森へ武者修行に行かせてもらい気づいたことが多かった」
―ロコ・ソラーレでは、チームメートと何でも言い合うことが重要だと紹介しています。
「氷上に立っている時は年齢は関係ない。目標を達成するためには、自分が何を思っているか話さないといけない。年が違うのも育った環境が違うのも当たり前。私はそうした違いに興味があった。チームのために、仲良しこよしになるのと、最善を尽くしてミーティングに参加するのは違うので、そこはしっかりできていた」
―選手生活を休まれましたが、どんなことに取り組みますか。
「一般社団法人として立ち上げたのも、選手を休んだのも、選手の環境をより良くしたいと思ったから。氷の上でなくてもカーリングをしているのに変わりはない。夢の一つが関東での大会の開催。選手にアイスアリーナを経験させたいし、ファンも地方に行くのが難しい場合もある。生で観戦してもらえる人口を増やしたい」
―地方創生についても言及しています。
「ロコ・ソラーレではさまざまな人を巻き込みながら目標達成する楽しさを共有している。特産物や気候など何が強みかは地方によっても違う。その町の良さを知っているのは、その町に住んでいる人と外から見た人の意見。一歩離れた人の意見を聞くことで気づくこともある。田舎だからとシャットダウンせずに融合ができていくと面白い」
―地元の北見工業大学との連携も考えていますか。
「カーリングはまだまだ研究されていないスポーツ。北見工大のカーリング部は規模も大きく、そこで出会ってカーリングにはまり北見にそのまま住んでくれる人もいる。カーリングをやっていないと発見できないことが多いので、北見工大の学生が取り組んでいる研究などは将来につながると思う」
(聞き手・山岸渉)
チーム青森の一員として06年トリノ、10年バンクーバー両五輪に出場。同年ロコ・ソラーレ設立。12年日体大体育学部卒。18年平昌五輪で銅メダル獲得。同年ロコ・ソラーレ代表理事就任。北海道出身、32歳。>
『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(講談社 03・5395・4415)
日刊工業新聞2019年4月1日