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“社会人の学びなおし”需要、大学が取り込むために必要なこと

ベンチャーなど外部連携が必要
“社会人の学びなおし”需要、大学が取り込むために必要なこと

写真はイメージ

 少子化などの社会情勢の変化を踏まえ、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)がまとめた2040年の高等教育のあり方についての答申では、社会人の学び直し(リカレント)教育の需要を積極的に取り込むことを呼びかけた。しかし、答申で掲げる「多様な年齢層の多様なニーズを持った学生への教育」を実現するには、大学の経営改革だけでは難しい。ベンチャーなど、大学外の組織との連携が必要だ。

学修成果の可視化


 内閣府のまとめた「生涯学習に関する世論調査」(1710人回答)によると、4割近くの人が社会人になった後、大学などで学び直しをした(している)か、してみたいと回答。リカレント教育の需要の多さをうかがわせる。一方、中教審が18年11月にまとめた答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」では、高等教育機関における学生への教育のあり方について、学修者本位の教育への転換を促そうと「何を学び身に付けたのか」と、学修成果の可視化を求めた。

 同時に、リカレント教育の需要開拓も要求。そのためには多様な教員による教育プログラムの提供と、その多様性を支えるような柔軟なガバナンスを大学などに求めた。

 だが高等教育に詳しい筑波大学の金子元久特命教授は、「日本の大学は本格的な社会人教育の経験がない」と指摘した上で、「経験知の世界であり、本当に社会で役に立っているかの評価できてない」と説明する。

 本来なら社会人や留学生の方が、より具体的で費用対効果を説明できる教育が求められるはずだが、現状は足元の教育についてすら説明がおぼつかない。

 そこで注目されるのが大学発ベンチャーの活用だ。大学教育の中でも大学病院や工学系の技術開発、教員養成といった大学の中に現場がある教育は、社会からの評価が高い。ベンチャーを通して実務を大学内に取り込める。東京大学の有信睦弘副学長は「社会と直接つながる分野は、社会からの要求やその変化を具体的に把握しやすい」と説明する。

            

 東大は社会人向けに人材育成事業を手がけるベンチャー「東京大学エクステンション」(東京都文京区)を18年12月に設立し、教育の外販を始めた。まずはデータ科学や人工知能(AI)技術などの教育メニューを提供。学修形態を企業の要望に応じて開発する。

 本当は社会のニーズに応じて大学院の定員や教員数を柔軟に変化させたいが、現行制度では容易ではない。そこで「迅速に対応するために必要な措置として事業会社を選んだ」(東大の五神真総長)。

 東大のように大学が従来の研究開発ベンチャーに加え、教育事業ベンチャーの双方をもつ意義は大きい。企業の社員が大学に通うには勤務時間や給与、職務専念義務などさまざまなハードルがある。企業と大学で共同企業体を立ち上げて社員を出向させ、実務を続けながら実務分野の体系的な教育を受けるなど、大学や企業、個人にとって時間や負担を柔軟にデザインできる。

課題は市場調査


 課題は教育ニーズの市場調査だ。経営者教育も専門スキル教育もライバルは少なくない。NECの江村克己執行役員常務は「大学は漠とした教育メニューを作るのではなく、産業界と議論し、スキルや職位、年次ごとにカリキュラムをデザインする必要がある」とアドバイスする。

 海外での社会人教育に目を向けると、社会人の成長とキャリアの成功が両立するのはデータ・IT関連など、一部の業界に留まる。有信副学長は「米国では産学連携で作ったカリキュラムの中でも、卒業者の給与が上がらない。『教育投資が回収できない』とミスマッチが指摘されている」と懸念する。

 AIやデータ科学のようにテクノロジーブームを追い風に人材や資金を集められないと、中長期で取り組むべき社会人教育の前途も厳しそうだ。

 また、大学にとってのライバルは国内だけではない。教育ニーズは世界中で広がっており、オンラインでどこでも教育を受けられるようになっている。

 米電気電子学会(IEEE)は「IEEEユニバーシティ」という仕組みを掲げ、学習カリキュラムの再構築を始める。分野ごとにレベルに応じた学習コースを設定。研究者に限らず、高校生やリタイアした人でも学べる環境を提供する。

 20年にIEEE会長に就任予定の福田敏男名城大学教授は、「日本企業の開拓が私のミッション。IEEEで地球のどこで働いていても学べる教育とコミュニティーを作りたい」と説明する。

 国際的な人材獲得競争や連続的なイノベーションの仕組みづくりにおいて、日本の大学は負け続けてきた。そして日本で最も優秀な教員を潤沢に抱える東大でさえ、日本の変化に適応するため、大学の外に事業会社を設けるような“奇策”を選んだ。

 果たして東大以外の大学は教育事業に投資するだけの余力があるのだろうか。今後、より多くの研究成果と教育コンテンツが無料で世界をめぐることになる。このメリットを最大限享受しているのが現在のAIブームであり、この流れは止まらない。40年に日本の大学は現在の形を保っているという保証はない。本物のグランドデザインが求められている。
        

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2019年1月16日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 社会人に「教育」や「学び直し」といって教育を売るのは限界があるように思います。それよりも実務や現場との接点を作って、働くと学んでる環境を作る方が良いのではないかと思います。2040年グランドデザインは全体構想というよりも、方向性と環境説明が中心でした。教育の質保障も、社会人教育の開拓も、永く課題になっているテーマであり、いい加減にやってくれというメッセージに見えます。そして具体的な改革は各大学にゆだねられています。このままでは縮小する国内市場で大学が個々に戦って消耗戦になり、コストカットしか進まないように思います。  大学院全体としては定員割れが続き、博士課程入学者が8人以下の専攻が8割を占め、10人以上が入学する専攻は17%。多様性うんぬんの前に、そもそも学生の数が集まらない状況です。現状で学修成果の可視化ができない大学に、より費用対効果に厳しい社会人教育を求めるのは無理筋ではないのかと思い、大学の外に活路を探しました。東大のように教育事業ベンチャーなら、事業が回る限りは、かなり柔軟なことができます。この効果を他の大学に波及させるためにはグランドデザインが必要です。おちおちしているとグローバル勢にもっていかれると思います。

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