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VRと現実の境目が失われる日

米グーグルなど技術開発進む
VRと現実の境目が失われる日

物体認識により画像とCG(汽車)を自然に重ねられる(東大提供)

 日常生活にVR(仮想現実)を溶け込ませるための技術開発が進んでいる。スマートフォンなど身近な端末で周囲を3次元計測し、CGのキャラクターや家具、矢印などを配置する。VR家具を部屋に表示して模様替えの様子を確かめたり、道案内などに使える。VRと現実の境目が失われる日は近付いている。

立体破綻なし


 VRを現実世界に重ね合わせる技術は拡張現実(AR)や複合現実(MR)などと呼ばれる。従来はスマホのセンサーで東西南北や画面の傾き、場所を計測して、方向と距離を合わせてCGを表示する程度の応用が多かった。CGを画像の上に表示するだけで、家具や扉などの物陰に隠れることはない。家具などの多い部屋の中では簡単に立体表現が破綻してしまった。

 米グーグルはスマホの単眼カメラと中央演算処理装置(CPU)一つで3次元計測しAR表示する技術を開発した。二眼カメラなどのない普及用端末でも立体破綻のないARを楽しめる。

 新技術では画像だけでカメラから映ったモノまでの距離を推定する。スマホをもって歩くなど、カメラを動かすと少しずつズレた画像が連続的に撮れる。このズレを二眼カメラの視差のように利用して粗い距離イメージを生成する。この段階では3次元データはひどい凸凹があるが、滑らかに処理してきれいな平面に直した。扉の陰からこちらをのぞくキャラクターや、テーブルとイスの寸法や立体配置を正しくARで表現できる。

誤差1m以内


 米メリーランド大学は施設内案内ARを開発した。建物の間取りなどはクラウドに用意し、スマホのカメラとジャイロセンサーで自分の位置や移動量を計測する。同大のタル・ルスタギさんは「床を撮って目的地を選べばリアルタイムにルートをガイドしてくれる」と胸を張る。床の平面を基準面にして建物の間取りデータの縮尺を現実空間に合わせる。誤差1メートル以内でガイドできる。

 東京大学の大石岳史准教授とローハス・メナンドロ博士研究員らは、VRと現実の重ね合わせをよりリアルにするために物体認識を導入した。道路や自動車、植木などを、背景と単純物体、複雑物体の三種に分類する。単純物体とVRの境目はクッキリなまま、複雑物体との境目はぼかしてなじませる。大石准教授は「なじませると自然になる」と説明する。枝葉の陰や金網フェンスの裏のように自然光が複雑に散乱する場合、クッキリとCGと現実を重ね合わせると不自然さが目立つ課題があった。

 自動運転車やバスなどの車内からARで観光する用途に提案する。屋外は単眼カメラだけでは距離データを作るのが難しい。だが車両に搭載したレーザーセンサーや全周カメラ、計算機などを利用できる。リアルタイム物体認識のように計算負荷の大きい処理も実装可能だ。大石准教授は「将来、VRか現実か簡単にはわからないようになる。人混みの中をARのキャラクターが自然に歩いているようになれば世界観が変わる」という。VRと現実が急速に混ざりあっている。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2019年1月9日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 スマホの限られたセンサーと計算資源で、物陰に隠れるのは大変でした。ARに使うなら三次元計測とCGの描画をリアルタイムに処理しないといけません。グーグルさまさまで単眼カメラのスマホでも近く実現すると思います。二眼カメラを謳っていたスマホは静止状態での三次元把握を謳うことになるかもしれません。物陰や立体把握の次は物体認識だと思います。テーブルとイス、冷蔵庫など、立体形状が見えていても、同じように座られると何だかなと思ってしまいます。すでに家具や家電の量販店に売ってるモノなら簡単な認識はできるので、これが軽くなると、CGのキャラクターが生活空間を認識して振る舞っているように演出できます。スマホでできるようになれば、簡易型HMDでもできます。そうすればVRが普及しないのは技術的な問題ではなく、コンテンツやクリエイターがふがいないからだ、と技術者は大手を振っていえるようになると思います。

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