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定年延長が企業にもたらした効果と課題

導入企業に聞いた
定年延長が企業にもたらした効果と課題

日生はシニア職員を活用し、顧客サービスにアイデアを反映させる

 人手不足や技能承継などを背景に定年を一般的な60歳ではなく、65歳以上に引き上げる企業が増えている。賃金体系をおおむね維持するなど、社員のやる気を引き出す仕組みを整えるのが最近の傾向だ。従来の再雇用制度と違い、あくまで戦力としてシニア層の活躍に期待する。政府は継続雇用年齢を70歳にする検討も始めた。定年延長を導入した企業に課題と成果を聞く。

明治安田/日生 豊富な経験・知識が魅力


 生命保険業界で定年延長の動きが広がるのは、豊富な職務経験や専門知識を持つ「シニア人材」を積極的に活用するためだ。生産年齢人口が減り将来の安定採用に不安が残る中、保険業務を熟知した人材を最大限に活用し、事業の継続的な成長につなげる。

 明治安田生命保険は2016年7月、大手生保で初めて全内務職員の定年延長を決めた。19年4月に定年を60歳から65歳に引き上げる。これに日本生命保険が続き、全内務職員を対象に同様の施策を打ち出した。21年に実施する。

 生命保険会社は幅広い年代を顧客に持ち、長期間の保険契約を抱える。それだけに顧客対応の善しあしは会社の評判を左右する。定年延長で厚みが増すシニア人材は、営業推進や契約の維持といった顧客対応などで活躍してもらう。資産運用などの中核業務でも、専門知識を持つシニア人材を活用する動きも出てきそうだ。

 明治安田生命の住吉敏幸執行役員人事部長は、「人材活用のほかに、企業として社会的要請に応えるものだ」と説明する。シニア人材の活躍の場を広げることで、政府が提唱する一億総活躍社会に貢献する考えだ。

ホンダ 組織全体を活性化


 ホンダは17年度から定年を60歳から65歳に引き上げた。65歳への定年延長は自動車業界で初。ホンダは事業の多様化や、環境の変化に柔軟に対応するには人材の幅が重要とみる。60歳以上の人材が意欲的に安心して働ける環境を整え、組織全体の活力向上を図る。

 17年度は対象者の約85%が定年延長を選んだ。60歳以降の給与は59歳時点の約8割を維持し、従来の再雇用制度より高く、「おおむね好調な反応」(ホンダの担当者)。また定年延長者であっても59歳時点と同様の業務を任され、成果を求められることから、「『自身の専門性を生かした業務を継続できる』と歓迎する声も聞く」(同)。

 今後、重要視するのは、健康・体力の維持向上だ。仕事のパフォーマンス、安全衛生の観点などで不可欠とみており、会社と従業員の双方で健康増進に取り組んでいく。

日本ガイシ 60歳後も年収維持


 17年4月に65歳定年制を取り入れた日本ガイシ。「『半分の賃金なら半分の働き方でいい』という意識が本人にも周囲にもなくなった。人手不足の中で、ベテラン社員にも100%の働きぶりをしてもらっている」と人事部担当者は話す。

 大幅に賃金を下げた以前の再雇用制度と異なり、新制度では一般従業員は60歳以降も年収を維持。管理職は「職責や役割に応じた年収水準」とした。

 処遇改善の原資は一部を会社が拠出する。さらに(1)退職年金の支給開始の60歳から65歳への引き上げ分(2)退職年金の80歳以降の支給減額分(3)中高年の昇給抑制分―を充当した。

 加えて高齢時に多い疾病治療の支援制度、若手や中堅層の活力を引き出す新人事制度も導入した。疾病治療支援では、短時間や週3日などの変則勤務を認め、仕事と治療の両立を後押ししている。

前沢工業 中途採用の増加に期待


 6月1日に65歳定年制を導入した前沢工業。60歳定年から最大5年延長し、当面、個人が60歳か63歳か定年を選択できるようにしている。19年4月以降に60歳を迎える予定の社員に意向を聞くと、大半が「65歳まで残る」と答えたという。

 一方、嘱託再雇用約30人のうち、65歳まで働ける正社員に復帰したのは半数以下にとどまった。

 定年延長で、長年の経験と高い技能を持つシニア層の活躍拡大を狙っていただけに、「やや少ないのは残念。だが、仕事と家庭、趣味との両立などを考える“前向きな人”が多いことが分かり、逆に安心した」(菊地和信執行役員人事部長)。

 定年延長で中途採用応募が増えることも期待している。「例えば50歳で入社の場合、働けるのが10年か15年かでは受け止め方が違う」(同)ことから、その点をアピールする方針だ。

OSG 社員引き抜き防ぐ


 OSGは16年12月に定年を65歳に延長後、ほぼ全員が65歳まで働くようになった。それまでの1年単位の再雇用制度では、約1割が65歳を前に退職していた。他社に転職したケースもあり、定年延長は引き抜き防止策にもなる。定年前と同じ業務に携わるのは再雇用制度と一緒だが、中堅以上の社員からは「長く安心して働ける」との声が挙がる。

 賃金体系も見直し、60歳以降も、5段階中最高評価の社員は昇給できる。「59歳以前と変わらず頑張る社員を評価する必要がある」(総務部)と考えたためだ。平均基本給は59歳時の6割から7割に、平均賞与は同3分の1から3分の2に引き上げた。5段階中3番目の評価の社員の年収は59歳時の3割減にとどめており、8割以上の社員もいる。

社会・経済を支える力 高齢者の活躍不可欠


 政府は超高齢化、社会保障改革、そして人手不足という迫り来る課題への“共通解”として、高齢者の就労促進に着目する。安倍晋三首相は政府の未来投資会議で22日、高齢者の多様な就業機会を確保するため、企業の継続雇用年齢を65歳から70歳まで引き上げる方針を表明。関連法改正案を20年の通常国会に提出する見通しだ。

 総務省によると、現在15歳以上65歳未満と定義される生産年齢人口は17年は約7500万人だが、50年には5000万人近くまで減少する。社会・経済システムの維持には支える層の拡充が必要だ。

 厚生労働省の17年調査によると、従業員31人以上の企業(15万6113社)のうち、定年を65歳に設定した企業は前年比0・4ポイント増の15・3%。66歳以上は同0・7ポイント増の1・8%と着実に増えたものの、政府はさらなる就労促進を目指す。

 経済産業省は、次世代の社会保障をテーマに産業構造審議会に関連部会を9月に設置。最重要課題の一つに高齢者の就労数拡大を挙げ、議論を始めた。経産省によると、現状通り18―64歳を“支える層”とすると65年時点では1・3人で1人を支えなければならない。この層が18―74歳まで広がれば、2・4人で1人を支えれば済む。

 平均寿命が延び“人生100年時代”が近づく中、就労可能な期間をどれだけ延ばせるか―。政府全体で健康寿命の延伸に向けた政策が拡充されそうだ。

 
日刊工業新聞2018年10月24日
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
シニア人材の豊富な知識や経験はどの企業でも生かしたいと考えている様子。一方、年収を一定程度維持することで、モチベーションを保つことも重要になりそうなので、今後、定年を70歳に引き上げるとなった場合、そうした雇用環境を保てるのかが気になるところです。

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