リーマン・ショック10年、機械業界の活況築いた“谷間”の体質強化
リーマン・ショック後の需要急減で痛手を受けた機械業界。しかし、企業体質や設備投資、M&A(合併・買収)のあり方などを見直す契機にもなり、現在の活況の礎になった。同時に次の危機への備えとしてIoT(モノのインターネット)やロボットなど新技術も取り込み、需要変動への対応力を強化している。
生産財各社はリーマン・ショックの痛手が大きかった。プレス機械と板金機械など鍛圧機械業界の2009年2月の受注額は輸出向けがマイナス5億円。これはキャンセルが受注を上回ったことを意味する。工作機械は、09年の受注高が前年の約3分の1の4118億円に急減。月1000億円が好不調を分ける目安と言われる中、年間でたった4カ月分にとどまった。
リーマン・ショックを受け、各社の対策は大きくは2通りだろう。まずは、強固な企業体質の構築だ。アマダホールディングス(HD)は、事業ポートフォリオを再精査した。主力の板金機械事業以外の市場参入や開拓を進めた。微細溶接、切削、プレス機械の各事業での企業買収などにより、特定の顧客業種に依存しない構造を目指した。
DMG森精機は展示場や工場の在庫削減に動いた。展示場の在庫は必要とする地域で必要とする種類の製品を洗い出し、最適な配置を進めている。継続中の同活動の目標は「在庫をゼロにする」(森雅彦社長)。
また、景気の上げ下げはおよそ2年周期であり、「谷間」の期間を有効活用し、製造原価を徹底検証した製品開発や社員教育の時間に充てた。
対策のもう一方が需要の先読みだ。ジェイテクトは工作機械事業で、主要顧客の生産設備の更新計画を早めに知り、引き合いを受ける前に提案する活動に注力する。
自動車メーカーなどの設備更新の意向を早めに知るなど、需要を先読む。アマダHDはグローバルな顧客管理システムを整えた。需要動向を素早く捉えて対応する。後に、ICT(情報通信技術)を活用し、情報管理レベルを進化させた。
日本の機械産業はリーマン・ショックによる危機を乗り切り、今日まで10年間、世界屈指の立ち位置を守り続けている。
「世界で需要が蒸発した」―。直動案内機器やボールネジなどの機械要素部品メーカーの首脳は、リーマン・ショックの影響をこう振り返る。その後は派遣契約の延長を見送るなど固定費を削減し、“身を固める”経営にかじを切った。
機械要素部品メーカーが会員の日本工作機器工業会によると、09年度の工作機器の販売額は07年度比約半減し、1000億円を割った。ただ、立ち上がりは早く、09年度の後半から需要が大きく回復へと向かう。
リーマン前と同様の設備を維持していたものの、作業者の確保や技能の習熟が追いつかず、需給が徐々に逼迫(ひっぱく)した。生産を思うように伸ばせず、部品メーカー首脳は「供給能力を絞りすぎてはいけないと痛感した」と自戒する。
現在は16年度後半から続く需要の拡大で、要素部品の受注に供給が追いつかない状況が発生する。ただ10年前と異なるのは、3Dプリンターなどの新規需要が生まれているほか、人手不足を背景とした産業用ロボットの需要規模の拡大や、半導体需要が長期で拡大を続ける「スーパーサイクル」などが重なり、過去最高の需要が生まれた点だ。
部品各社は長期的な需要拡大を見すえ、工場を新設するなど能力増強に乗り出し、IoTやロボットを活用した生産の自動化や効率化を積極化する。
景気に左右され、設備投資のタイミングが難しい要素部品だが、新たな技術を取り込み、需要変動に対応できる柔軟な生産体制を構築できるかが、次の危機を乗り越える上で重要なカギとなる。
旺盛な需要を背景に、コマツや日立建機、住友重機械工業(建機部門)の3社の売上高(18年3月期)は過去最高を更新するなど、建設機械業界は活況に沸いている。リーマン・ショック後、10年にわたり足踏みを続けていたが、成長戦略が再び動きだした。M&Aを巻き返しの糸口にしながら業績を回復。設備投資のスタンスも変え、工場の生産性向上を重視している。
建機業界はリーマン・ショックの影響で、油圧ショベルの世界需要の半分を生んでいた西欧と北米、日本の3市場が大幅に縮小した。代わって台頭したのが中国市場だ。政府が4兆元(当時の為替レートで約60兆円)の景気対策を打ち出したことで、建機需要が一気に喚起され、各社の立ち直るきっかけとなった。
先進国での需要に加えて、新興国の経済成長に伴う需要を取り込む戦略にシフトすることにつながり、中国やアジアでの収益の重要性が増している。特に、ここ2―3年、「インフラ投資が伸びている」(日立建機)など熱を帯びるのがインド。コマツは15年春に油圧ショベルの工場をチェンナイに開設した。コベルコ建機も油圧ショベルを生産しており、19年に生産能力を年間3000台に引き上げる。中国に続く巨大市場の争奪戦で各社は稼ぐ力を磨く。
また、需要低迷時のM&Aも現在の好業績に寄与する。コマツは同社にとって過去最大の約3100億円を投じ、鉱山機械大手の米ジョイ・グローバル(現コマツマイニング)を17年に買収した。当時、鉱山機械の需要が乏しい中での投資だ。ここにきてコマツマイニングは、18年4―6月期営業利益率が12・5%と好調だ。
さらに日立建機もリーマン・ショックの影響が残る09年にカナダのウェンコ・インターナショナル・マイニング・システムズを買収したほか、16年に米H―Eパーツ、17年に豪ブラッドケンと鉱山機械分野の3社を次々傘下に収めた。
新車販売に依存しない収益構造に変える戦略の一環であり、ウェンコが持つ鉱山の運行管理システムなどによりダンプトラックの自律走行を19年度に商用化する。
リーマン・ショック後は設備投資のあり方も変わった。それまでは需要に対応するための増産投資を重視していたのが、最近は工場の生産性を高める投資が目立つ。先行するのがコマツだ。粟津工場(石川県小松市)をはじめ、各工場にIoTを導入し、生産状況を“見える化”した。一方で、需要の減速懸念も見え隠れする。米中の貿易戦争激化を始め、トルコやアルゼンチンなどの新興国経済の先行きなどだ。
建機業界は新興国での収益比重が高まっており、需要や為替変動への耐性を高めているとはいえ、備えは怠れない。
(文=六笠友和、西沢亮、孝志勇輔、名古屋・戸村智幸)
生産財各社はリーマン・ショックの痛手が大きかった。プレス機械と板金機械など鍛圧機械業界の2009年2月の受注額は輸出向けがマイナス5億円。これはキャンセルが受注を上回ったことを意味する。工作機械は、09年の受注高が前年の約3分の1の4118億円に急減。月1000億円が好不調を分ける目安と言われる中、年間でたった4カ月分にとどまった。
リーマン・ショックを受け、各社の対策は大きくは2通りだろう。まずは、強固な企業体質の構築だ。アマダホールディングス(HD)は、事業ポートフォリオを再精査した。主力の板金機械事業以外の市場参入や開拓を進めた。微細溶接、切削、プレス機械の各事業での企業買収などにより、特定の顧客業種に依存しない構造を目指した。
DMG森精機は展示場や工場の在庫削減に動いた。展示場の在庫は必要とする地域で必要とする種類の製品を洗い出し、最適な配置を進めている。継続中の同活動の目標は「在庫をゼロにする」(森雅彦社長)。
また、景気の上げ下げはおよそ2年周期であり、「谷間」の期間を有効活用し、製造原価を徹底検証した製品開発や社員教育の時間に充てた。
対策のもう一方が需要の先読みだ。ジェイテクトは工作機械事業で、主要顧客の生産設備の更新計画を早めに知り、引き合いを受ける前に提案する活動に注力する。
自動車メーカーなどの設備更新の意向を早めに知るなど、需要を先読む。アマダHDはグローバルな顧客管理システムを整えた。需要動向を素早く捉えて対応する。後に、ICT(情報通信技術)を活用し、情報管理レベルを進化させた。
日本の機械産業はリーマン・ショックによる危機を乗り切り、今日まで10年間、世界屈指の立ち位置を守り続けている。
要素部品―供給能力の急減が裏目
「世界で需要が蒸発した」―。直動案内機器やボールネジなどの機械要素部品メーカーの首脳は、リーマン・ショックの影響をこう振り返る。その後は派遣契約の延長を見送るなど固定費を削減し、“身を固める”経営にかじを切った。
機械要素部品メーカーが会員の日本工作機器工業会によると、09年度の工作機器の販売額は07年度比約半減し、1000億円を割った。ただ、立ち上がりは早く、09年度の後半から需要が大きく回復へと向かう。
リーマン前と同様の設備を維持していたものの、作業者の確保や技能の習熟が追いつかず、需給が徐々に逼迫(ひっぱく)した。生産を思うように伸ばせず、部品メーカー首脳は「供給能力を絞りすぎてはいけないと痛感した」と自戒する。
現在は16年度後半から続く需要の拡大で、要素部品の受注に供給が追いつかない状況が発生する。ただ10年前と異なるのは、3Dプリンターなどの新規需要が生まれているほか、人手不足を背景とした産業用ロボットの需要規模の拡大や、半導体需要が長期で拡大を続ける「スーパーサイクル」などが重なり、過去最高の需要が生まれた点だ。
部品各社は長期的な需要拡大を見すえ、工場を新設するなど能力増強に乗り出し、IoTやロボットを活用した生産の自動化や効率化を積極化する。
景気に左右され、設備投資のタイミングが難しい要素部品だが、新たな技術を取り込み、需要変動に対応できる柔軟な生産体制を構築できるかが、次の危機を乗り越える上で重要なカギとなる。
建設機械―インド・中国市場に照準/低迷時のM&Aが奏功
旺盛な需要を背景に、コマツや日立建機、住友重機械工業(建機部門)の3社の売上高(18年3月期)は過去最高を更新するなど、建設機械業界は活況に沸いている。リーマン・ショック後、10年にわたり足踏みを続けていたが、成長戦略が再び動きだした。M&Aを巻き返しの糸口にしながら業績を回復。設備投資のスタンスも変え、工場の生産性向上を重視している。
建機業界はリーマン・ショックの影響で、油圧ショベルの世界需要の半分を生んでいた西欧と北米、日本の3市場が大幅に縮小した。代わって台頭したのが中国市場だ。政府が4兆元(当時の為替レートで約60兆円)の景気対策を打ち出したことで、建機需要が一気に喚起され、各社の立ち直るきっかけとなった。
先進国での需要に加えて、新興国の経済成長に伴う需要を取り込む戦略にシフトすることにつながり、中国やアジアでの収益の重要性が増している。特に、ここ2―3年、「インフラ投資が伸びている」(日立建機)など熱を帯びるのがインド。コマツは15年春に油圧ショベルの工場をチェンナイに開設した。コベルコ建機も油圧ショベルを生産しており、19年に生産能力を年間3000台に引き上げる。中国に続く巨大市場の争奪戦で各社は稼ぐ力を磨く。
また、需要低迷時のM&Aも現在の好業績に寄与する。コマツは同社にとって過去最大の約3100億円を投じ、鉱山機械大手の米ジョイ・グローバル(現コマツマイニング)を17年に買収した。当時、鉱山機械の需要が乏しい中での投資だ。ここにきてコマツマイニングは、18年4―6月期営業利益率が12・5%と好調だ。
さらに日立建機もリーマン・ショックの影響が残る09年にカナダのウェンコ・インターナショナル・マイニング・システムズを買収したほか、16年に米H―Eパーツ、17年に豪ブラッドケンと鉱山機械分野の3社を次々傘下に収めた。
新車販売に依存しない収益構造に変える戦略の一環であり、ウェンコが持つ鉱山の運行管理システムなどによりダンプトラックの自律走行を19年度に商用化する。
リーマン・ショック後は設備投資のあり方も変わった。それまでは需要に対応するための増産投資を重視していたのが、最近は工場の生産性を高める投資が目立つ。先行するのがコマツだ。粟津工場(石川県小松市)をはじめ、各工場にIoTを導入し、生産状況を“見える化”した。一方で、需要の減速懸念も見え隠れする。米中の貿易戦争激化を始め、トルコやアルゼンチンなどの新興国経済の先行きなどだ。
建機業界は新興国での収益比重が高まっており、需要や為替変動への耐性を高めているとはいえ、備えは怠れない。
(文=六笠友和、西沢亮、孝志勇輔、名古屋・戸村智幸)
日刊工業新聞2018年9月21日