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携帯料金“4割”値下げの根拠

携帯大手3強への包囲網狭まる
携帯料金“4割”値下げの根拠

NTTドコモの吉沢社長

 携帯電話料金の引き下げなどを検討するため、情報通信審議会(総務相の諮問機関)で23日、議論が本格的に始まった。2015年にも安倍晋三首相が携帯料金の引き下げを要請したが、家計に占める料金割合は高止まりの状況だ。引き下げで家計負担を減らし、個人消費の底上げに結びつけたい政府の思惑が透けるが、第5世代通信(5G)時代が迫る中、多額の設備投資が必要な携帯電話会社にとっては議論の行方が業績を大きく左右しそうだ。

3強への包囲網狭まる


 「具体的な方向性を決めたわけではないが幅広く検討する」―。情通審の内山田竹志会長(トヨタ自動車会長)は、総会後の会見で携帯料金引き下げに関する議論について、こう答えた。23日の総会では、野田聖子総務相が情通審に対し、「電気通信事業分野における競争ルール等の包括的検証」を諮問。IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)普及に加え、20年に商用化予定の5Gで通信の高速・大容量化が進む中、情報通信の環境変化に備えた競争ルールの見直しが急務だからだ。

 

 19年末に通信ネットワークに関わる関係者間の費用負担や公平性ついてのルール、プラットフォーム(基盤)事業者の支配力拡大への対応のほか、モバイル市場の競争環境の確保のあり方などに関する答申をまとめる。この中で、携帯料金引き下げについても記載する見込みだ。

 料金引き下げでは、安倍首相の要請を受け、総務省は15年末に引き下げ策をまとめ、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社に対応を要請。16年には過剰値引き撤廃に伴うプラン拡充、格安スマートフォンを扱う仮想移動体通信事業者(MVNO)の参入が進み、消費者の選択肢が確かに増えた。だが、総務省の家計調査では、携帯電話など世帯消費に占める移動電話通信料は17年にスマホ普及を背景に前年比4・1%増の10万250円と10万円を突破。

 海外と比べても携帯料金が高いとの調査もある。総務省によると、各都市でシェア1位の事業者のプランで比較した16年度スマホ利用料(音声月70分・メール月148通・データ月5ギガバイト)は、東京が7562円と主要6都市で最も高い。

 この高い料金を背景に、携帯大手が高収益を上げているとの批判は根強い。NTTドコモの18年3月期連結決算の営業利益は前期比3・0%増の9732億円、KDDIも同5・5%増の9627億円。売上高営業利益率はドコモが20・4%、KDDIが19・1%と、東証一部上場企業の平均である7・6%を大きく上回る。

 総務省は競争を促すため、携帯会社が販売したスマホを他社回線で使えないようにする「SIMロック」を19年7月から中古機種でも解除させる。携帯大手3社は、2年契約終了後に他社へ乗り換えする場合でも高額な違約金を請求する「2年縛り」も見直す。

 19年には第4の携帯電話事業者として楽天が参入する。こうした利用者の選択肢を広げる施策を打ち出す中での菅義偉官房長官の発言で、引き下げ包囲網はより狭まった。

 

5G対応、多額の設備投資―サービス維持困難に


 携帯電話大手は高品質なサービスを維持するべく全国の基地局の維持・整備に多額の設備投資を行っている。17年度のNTTドコモの設備投資額は5764億円、KDDIは5194億円だった。

 5Gに向けた追加投資も今後必要となる。料金引き下げによる減収で設備投資余力がなくなれば、世界トップクラスの通信品質を持つ日本の先進性が失われかねない懸念もある。

 携帯電話大手が「儲けすぎ」との批判もあるが、18年3月期のNTTドコモの通信事業の営業利益は前期並みの8328億円。国内携帯市場の成熟化で回線契約数は今後大きくは伸びないうえ、格安スマホ事業者との競争激化もあるからだ。

 増益分はコンテンツや金融などのスマートライフ領域(前期比25・6%増の1405億円)だった。こうした携帯事業以外のサービスを強化することで自社ポイントサービスを軸とした“経済圏”の構築を進めてきた成果だ。

 だが、携帯料金引き下げで収益が悪化すれば経済圏の強化に向けた販促費の削減にもつながりかねない。総務省は19年末にも議論の報告書をまとめる方針だが、ID数9500万を持つ楽天が携帯事業に参入し、5Gも商用化される20年の国内携帯電話市場に大きな変化がありそうだ。

官房長官「利益還元すべき」


 「4割程度下げる余地はある。競争が働いていないと言わざるを得ない」―。元総務相で通信・放送行政に強い影響力を持つ菅義偉官房長官は21日、札幌市内での講演でこう述べ、総務省と公正取引委員会が連携して携帯電話事業者間の競争と料金引き下げを促す方針を示した。

 唐突とも見える発言だが、19年10月の消費増税を控え、政府主導で家計負担軽減を図る思惑もありそうだ。

 家計支出に占める通信費の割合はこの10年で2割も上昇、その大部分が携帯料金とみられる。菅氏はシェアの大半を占める携帯大手3社の利益率が他の業種と比べて高いとの認識を示した上で、「国民の財産である公共の電波を利用している。過度な利益を上げるべきでなく、利益を利用者に還元すべきだ」と指摘した。

 民間会社の料金に政府が関与するのは異例だが、15年9月にも経済財政諮問会議で安倍首相が「携帯電話料金の家計負担軽減が大きな課題だ」として総務省に料金引き下げの検討を指示。これを受けNTTドコモなどの事業者は低料金プランを導入するとともに、高額なキャッシュバックや「0円端末」を廃止した経緯がある。

 日本の携帯電話市場は周波数免許を持つ大手3社がほぼ独占。料金体系はメーカー主導の欧米諸国などと違ってキャリア主導だ。このため、通話料金とデータ通信料金、端末の分割払いがセットのケースが多く、利用者から「料金体系が不透明」との不満が根強い。

 こうした声を受け、総務省や公取は大手会社に対して「2年縛り」や「4年縛り」といった利用者を囲い込む施策の見直しを求めており、競争政策推進で料金体系の抜本的な改革を求めるとみられる。

私はこう見る/大和総研・経済調査部シニアエコノミスト 長内智氏


 仮に携帯電話の通信料金が4割下がった際の物価への影響を試算すると、消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)で0・96%分押し下げると見ている。ただ、一度に通信料金が4割下がるとは考えにくく、今後はどの程度、通信料金が下げられていくかが焦点だろう。

 最近では格安スマホの台頭もあり、携帯の通信料金の引き下げは物価を押し下げる要因の一つにもなる。格安スマホのシェアがさらに高まれば、大手各社による対抗値下げも考えられる。

 SIMロックの解除や、中古端末の流通促進といったテーマは、格安スマホへのシフトが問題意識としてあるのではないか。こうした政策の流れは、大手各社に「通信料金を引き下げるように」といった間接的なメッセージなのかもしれない。

 一方で、物価押し下げになれば、政府が進めるデフレ脱却から一歩後退してしまうことも、論点として考えられるだろう。
大和総研・経済調査部シニアエコノミスト 長内智氏

(文=水嶋真人、八木沢徹、浅海宏規)
日刊工業新聞2018年8月24日
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
「携帯料金を4割程度下げる余地はある」という言葉は、大手キャリアの料金を指して話しているのだと思いますが、携帯料金の値下げを推進する上で「格安スマホ」と呼ばれるMVNOにどのような役割を期待するのかが気になります。総務省はこれまで「SIMロック」の解除関連施策など、MVNOへの乗り換えをしやすくする施策を展開し、MVNOの競争力を高めることで、家計に占める携帯料金を引き下げる狙いがあったように思います。今後もその方針を続けるのか、それとも大手キャリアに対し、直接的に値下げを促す施策があるのか、仮に後者の場合、MVNOにとってはかなり厳しい戦いが強いられそうです。

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