「基本戦略」本格始動、水素社会の実現へ超えなくてはいけない壁たち
政府が進める水素基本戦略が具体的に動き始めた。4月には豪州で「褐炭水素サプライチェーン・プロジェクト」の公式式典を実施。8月には福島県で、水素を製造・貯蔵する施設「福島水素エネルギー研究フィールド」の建設に着手した。水素はエネルギー安全保障の確保と温室効果ガスの排出削減を両立する有力な資源として注目される。政府は水素の供給体制の確立と需要の創出に向けて活動を本格化している。
褐炭水素サプライチェーン・プロジェクトは、豪州の未利用エネルギーである褐炭から水素を製造し、日本に輸送して利用する計画。2017年末に策定された水素基本戦略の骨格の一つで、安価な褐炭を用いることで低コスト化を図るのが狙いだ。経済産業省・資源エネルギー庁が政策を主導している。
4月には水素製造プラントの着工に向け、豪ビクトリア州にある採炭場で公式式典を開いた。ターンブル豪首相をはじめ、日豪両国からハイレベルの官民関係者が出席。プロジェクトの成功に向け、緊密に連携することを確認した。豪州で採炭して褐炭をガス化し、液化水素船で日本に輸送して貯蔵・利用するサプライチェーンを構築していく方針。同州にある採炭場は、そのサプライチェーンの出発点となる。
日本政府は地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」を踏まえ、水素を再生可能エネルギーと並ぶ新たなエネルギーの選択肢として位置付ける。
一方で「他のエネルギー源に比べてコストが高く、普及を阻んでいる」(証券会社アナリスト)という問題がある。そこで「供給」サイドの取り組みとして、褐炭など安価な原料から大量に水素を製造・輸送するサプライチェーンを築こうとしている。
現在、燃料電池車(FCV)向け水素ステーションの価格は、1ノルマル立方メートル当たり100円程度。だが将来はガソリン車のような利用を想定し「20円程度まで引き下げる方針」(資源エネルギー庁関係者)という。また水素発電の発電単価については、50年に液化天然ガス(LNG)火力発電と同等の1キロワット時当たり12円に引き下げる目標を盛り込んだ。
供給サイドの政策では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などが福島県浪江町に建設する福島水素エネルギー研究フィールドのプロジェクトも本格的に始動した。この施設は再生可能エネルギーの余剰電力から水素を製造・貯蔵する「パワー・ツー・ガス」の施設であり、1万キロワット級という世界最大級の設備を備える。製造した水素は20年の東京五輪・パラリンピックに向けて、都内で走るFCVバスなどに供給する見通しだ。
近年、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの導入が拡大する半面、電力系統の需給バランスが崩れる問題が浮上している。この再生可能エネルギーと福島県の水素製造システムを組み合わせることで、余剰電力を水素に置換し貯蔵することが可能になる。しかも製造プロセスにおいて、一貫して二酸化炭素(CO2)を排出しないCO2フリーを実現できる。加えて、東日本大震災からの復興という意味合いもある。
施設の水素製造量は毎時1200ノルマル立方メートルで、20年7月に稼働する予定。1日の水素製造量で、一般家庭約150世帯に電力を供給でき、FCVの燃料なら約560台分に相当する。今夏に改定した国の「エネルギー基本計画」では、再生可能エネルギーを自立した主力電源にする方針を盛り込んだ。施設が稼働すれば「余剰電力を無駄なく蓄えることが可能になり、自立した主力電源化の実現に一歩近づく」(政府高官)と効果を説明する。
一方、「需要」サイドもプロジェクトが着々と進んでいる。利用量を増やすには、FCVの普及が欠かせない。そこで2月、トヨタ自動車など官民が協力し水素ステーションの本格整備に向けた新会社「日本水素ステーションネットワーク」を設立。国の補助金などを活用して建設・運営費用を低減し21年度までに80カ所の水素ステーションを整備する。菅原英喜社長は「全国でFCVを使える環境を整備し、需要の最大化を図る」と力を込める。
一方、政府は水素の利活用に向け、国際的なネットワークの構築も進めている。10月には経産省が、水素に関心のある国の閣僚や企業を集めて水素の利活用を議論する「水素閣僚会議」を開く。政府関係者や水素関連企業が参加し講演やパネル討論会を行う予定で、世耕弘成経産相は「技術的には日本がかなり先行している。日本が先導する形で水素に関するグローバルなビジョンを各国と共有したい」としている。
水素を低コストかつ大量に利用する社会を実現するには、まだ多くの課題を有している。ただ国際的な供給網など、少しずつ目に見える形で具体化しているのも事実だ。水素分野では世界各国から先行しているだけに、引き続き官民連携を強めて国際競争力を高め、世界に先駆けて水素社会を実現する必要がある。
(文・敷田寛明)
褐炭水素サプライチェーン・プロジェクトは、豪州の未利用エネルギーである褐炭から水素を製造し、日本に輸送して利用する計画。2017年末に策定された水素基本戦略の骨格の一つで、安価な褐炭を用いることで低コスト化を図るのが狙いだ。経済産業省・資源エネルギー庁が政策を主導している。
4月には水素製造プラントの着工に向け、豪ビクトリア州にある採炭場で公式式典を開いた。ターンブル豪首相をはじめ、日豪両国からハイレベルの官民関係者が出席。プロジェクトの成功に向け、緊密に連携することを確認した。豪州で採炭して褐炭をガス化し、液化水素船で日本に輸送して貯蔵・利用するサプライチェーンを構築していく方針。同州にある採炭場は、そのサプライチェーンの出発点となる。
日本政府は地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」を踏まえ、水素を再生可能エネルギーと並ぶ新たなエネルギーの選択肢として位置付ける。
コスト低減課題
一方で「他のエネルギー源に比べてコストが高く、普及を阻んでいる」(証券会社アナリスト)という問題がある。そこで「供給」サイドの取り組みとして、褐炭など安価な原料から大量に水素を製造・輸送するサプライチェーンを築こうとしている。
現在、燃料電池車(FCV)向け水素ステーションの価格は、1ノルマル立方メートル当たり100円程度。だが将来はガソリン車のような利用を想定し「20円程度まで引き下げる方針」(資源エネルギー庁関係者)という。また水素発電の発電単価については、50年に液化天然ガス(LNG)火力発電と同等の1キロワット時当たり12円に引き下げる目標を盛り込んだ。
供給サイドの政策では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などが福島県浪江町に建設する福島水素エネルギー研究フィールドのプロジェクトも本格的に始動した。この施設は再生可能エネルギーの余剰電力から水素を製造・貯蔵する「パワー・ツー・ガス」の施設であり、1万キロワット級という世界最大級の設備を備える。製造した水素は20年の東京五輪・パラリンピックに向けて、都内で走るFCVバスなどに供給する見通しだ。
近年、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの導入が拡大する半面、電力系統の需給バランスが崩れる問題が浮上している。この再生可能エネルギーと福島県の水素製造システムを組み合わせることで、余剰電力を水素に置換し貯蔵することが可能になる。しかも製造プロセスにおいて、一貫して二酸化炭素(CO2)を排出しないCO2フリーを実現できる。加えて、東日本大震災からの復興という意味合いもある。
施設の水素製造量は毎時1200ノルマル立方メートルで、20年7月に稼働する予定。1日の水素製造量で、一般家庭約150世帯に電力を供給でき、FCVの燃料なら約560台分に相当する。今夏に改定した国の「エネルギー基本計画」では、再生可能エネルギーを自立した主力電源にする方針を盛り込んだ。施設が稼働すれば「余剰電力を無駄なく蓄えることが可能になり、自立した主力電源化の実現に一歩近づく」(政府高官)と効果を説明する。
FCVの普及
一方、「需要」サイドもプロジェクトが着々と進んでいる。利用量を増やすには、FCVの普及が欠かせない。そこで2月、トヨタ自動車など官民が協力し水素ステーションの本格整備に向けた新会社「日本水素ステーションネットワーク」を設立。国の補助金などを活用して建設・運営費用を低減し21年度までに80カ所の水素ステーションを整備する。菅原英喜社長は「全国でFCVを使える環境を整備し、需要の最大化を図る」と力を込める。
一方、政府は水素の利活用に向け、国際的なネットワークの構築も進めている。10月には経産省が、水素に関心のある国の閣僚や企業を集めて水素の利活用を議論する「水素閣僚会議」を開く。政府関係者や水素関連企業が参加し講演やパネル討論会を行う予定で、世耕弘成経産相は「技術的には日本がかなり先行している。日本が先導する形で水素に関するグローバルなビジョンを各国と共有したい」としている。
水素を低コストかつ大量に利用する社会を実現するには、まだ多くの課題を有している。ただ国際的な供給網など、少しずつ目に見える形で具体化しているのも事実だ。水素分野では世界各国から先行しているだけに、引き続き官民連携を強めて国際競争力を高め、世界に先駆けて水素社会を実現する必要がある。
(文・敷田寛明)