成功するベンチャーに不可欠な4つの要素
Siriの誕生からアップルが買収するまでの物語
「もしもし、スティーブ・ジョブズですが」
Siri社のCEOにかかってきた電話の主はそう言った。Siriをアップルストアに発表して2週間ほど経った日のことだった。CEOは冗談だと思って一度電話を切ったが、再び電話がなった。「本当にスティーブ・ジョブズだよ」。アップルとの買収の交渉はここから始まった。
エピソードを明かすのはノーマン・ウィナースキー氏だ。ウィナースキー氏は、科学者で、起業家で、ベンチャーキャピタリスト。Siri社の共同創設者であり、アップルに買収されるまで役員として関わった。Siri社以外にもインテュイティブサージカル社(手術ロボット「ダ・ヴィンチ」で有名)など、これまで60社を超えるベンチャーの創業に携わり、総額200億ドルを超える企業価値を生み出した。
ベンチャーが大きく成長していくためには何が重要なのだろうか? 来日したウィナースキー氏に語ってもらった。
(文、写真、図 ・ 平川 透)>
今、世界的に期待されているのがロボットや人工知能だ。ロボットは今後家庭に浸透してくるだろう。人工知能(AI)は、ヘルスケアやエネルギー、家電製品などすべての領域で大きな市場を生み出すだろう。しかし、たとえどんなに優れた技術でも、市場の問題解決に結びつかなければビジネスとしての成功は難しい。かつてSiriにも、構想や技術があっても、それを市場の問題解決につなげられない時期があった。
Siriの構想はSRI(Stanford Research Institute)で2、30年前からあった。同じ頃、DARPA(Defense Abvanced Research Program Agency、アメリカ国防高等研究計画局)もパーソナルアシスタンス技術の重要性を認識しており、共同プロジェクトが始まった。AIで日常生活のサポートを行うツールの開発だ。ツールの名前はCALO(Cognitive Assistant that Learns and Organizers)。秘書のような役目を果たしてくれる。よいアイデアだったが、当時はCALOが問題解決できる市場がどこにあるのかわからなかった。しかし、CALOはDARPA史上最大の人工知能開発プログラムとなり、Siriやそれに続くベンチャーの基礎技術となった。
時が経ち、2007年、アップルがスマートフォン「iPhone」を発表した。広く受け入れられたことは言うまでもないが、問題もあった。それは、画面の小ささによる、入力のしにくさだ。多くのアメリカ人にとってクリックしたり入力したりするには、画面は小さかった。一方、今後スマートフォンが持ち運びできるコンピューターとして市場に大きなインパクトを及ぼすことは明らかだった。
スマートフォンでホテルの予約や天気を調べたりする時に、多くの入力やクリックが必要になる。使いにくさによって、20%のユーザーの離脱が生じていた。ビジネスとしては大きな損失だ。面倒な操作は解決すべき問題(Market Pain)だった。
我々は声を使って検索などの操作を行えばよいのではないかと考えた。音声で問い合わせた質問に対して、単に答えやリンクを返すのではなく、実行するシステムだ。例えば、レンストランやホテルの予約をしたい時は、単に予約画面を出してくれるのではなく、実際に予約をしてくれるのだ。
AI(ここでは音声認識と自然言語処理を組み合わせた技術)は単なる言葉と言葉のやり取りにとどまらず、あなたの要望を理解してくれる。質問の意図を理解してくれる。例えば、あなたが「明日、サンフランシスコのホテルを予約したい」と言ったとする。Siriがあれば、ホテルのウェブサイトにプラグインされた情報から、どんな部屋がよいかやルームサービスがいくらなのかを教えてくれる。
Siriでベンチャーを興すにあたり、最高の創業チームを作った。優れた起業家でありモトローラを退職したばかりのダグ・キトラウス(後のCEO)、同じく起業家でありスタンフォード・ナレッジ・システム研究所の科学者トム・グルーバー(後のCTO)、SRIの直近20年でもっとも優秀だったアダム・シェイヤー(後のエンジニアリング・ヴァイス・プレジデント)、それにSRIに留まるはずだったビル・マークと私が加わった。ちなみに最初は数名だったチームは、アップルに買収された時には30人になっていた。
Siriの創業チームは、数カ月にわたり毎日のように顔を合わせ一緒に働いた。可能性のあるマーケットやアプリケーションを探った。ベンチャーとして投資を得るために価値提案書にまとめた。
起業家は価値提案書でストーリーを語らねばならない。まず、マーケットの何が問題(Pain Point)なのかを示す。それを定量化する。それに対する技術的解決策は何か? ビジネスモデルは何か? どのような製品(サービス)なのか? あなたの製品(サービス)を顧客が実際に使っている事例を示すことができるか? あなたの製品の未来を説明できるか? 誰が競合になるか説明できるか? 資金に関するロードマップ(最初にいくら必要で、どれくらいの期間でなくなるか)を示せるか? なぜあなたがそのビジネスを実行できる能力があるのか説明できるか?
起業家は投資家に対して、これらのことを話さなくてはならない。シリコンバレーで資金を獲得するためには、これらの問いに対して明確で力強い答えが必要だ。
Siriの開発期間は18ヶ月だった。2009年11月から翌年2月までの最終テストを経て、アップルストアに公開した。最初の週末までに何十万もの人がダウンロードし、アップルストアのライフスタイル部門の1位になった。こうして、Siriは世界中の人が手の平で利用した初めての人工知能となった。
Siriを発表して2週間ほど経ったころ、CEOのダグ・キトラウスに電話があった。
「もしもし、スティーブ・ジョブズですが」
ダグは冗談だと思って、一度電話を切ったが、再び電話がなった。「本当にスティーブ・ジョブズだよ」。米アップル社のCEOだったジョブズがSiri社の買収の話を持ちかけてきた。毎週、何度も交渉を行い、投資に見合った額を提示されたところで契約となった。ご存知のように、現在SiriはiPhoneのiOSの中に組み込まれている。
これまでの話を4つの要素でまとめると、スマートフォンでウェブサイトのサービスを利用するときに、多くのクリック作業が生じていた。そのせいで20%のユーザーの離脱があった(マーケットペインポイント)。人工知能がユーザーの質問を理解し、返答できるようになった(テクノロジーブレイクスルー)。Siriを完成させるためワールドクラスのチームを作った(優秀なチーム作り)。どのように収益を生み出すのか、マーケットペインがいかに大きいかを示した(価値提案)。
ベンチャーを立ち上げる時、これら4つの要素の何から手をつけてもよいが、投資家は4つ全てを重視している。日本はブレイクスルーテクノロジーを多く持っている。しかし、他の3つの要素が弱く、多くの成功の機会を失っているかもしれない。逆に言えば、技術以外の面を伸ばせば、成功のチャンスが増えるということ。
日本はロボティクスが優れている。ロボット技術から市場の問題解決をすることは容易ではないだろうか。ロボットは今後、家庭に入ってくる。高齢者や小さな子供がいる家庭にはどんなニーズがあるか? ロボットでどのように解決できるか? 数年以内でこれにこたえられた企業やベンチャーが勝者となるだろう。
Siri社のCEOにかかってきた電話の主はそう言った。Siriをアップルストアに発表して2週間ほど経った日のことだった。CEOは冗談だと思って一度電話を切ったが、再び電話がなった。「本当にスティーブ・ジョブズだよ」。アップルとの買収の交渉はここから始まった。
ベンチャーが大きく成長していくためには何が重要なのだろうか? 来日したウィナースキー氏に語ってもらった。
(文、写真、図 ・ 平川 透)>
今、世界的に期待されているのがロボットや人工知能だ。ロボットは今後家庭に浸透してくるだろう。人工知能(AI)は、ヘルスケアやエネルギー、家電製品などすべての領域で大きな市場を生み出すだろう。しかし、たとえどんなに優れた技術でも、市場の問題解決に結びつかなければビジネスとしての成功は難しい。かつてSiriにも、構想や技術があっても、それを市場の問題解決につなげられない時期があった。
Siriの構想はSRI(Stanford Research Institute)で2、30年前からあった。同じ頃、DARPA(Defense Abvanced Research Program Agency、アメリカ国防高等研究計画局)もパーソナルアシスタンス技術の重要性を認識しており、共同プロジェクトが始まった。AIで日常生活のサポートを行うツールの開発だ。ツールの名前はCALO(Cognitive Assistant that Learns and Organizers)。秘書のような役目を果たしてくれる。よいアイデアだったが、当時はCALOが問題解決できる市場がどこにあるのかわからなかった。しかし、CALOはDARPA史上最大の人工知能開発プログラムとなり、Siriやそれに続くベンチャーの基礎技術となった。
時が経ち、2007年、アップルがスマートフォン「iPhone」を発表した。広く受け入れられたことは言うまでもないが、問題もあった。それは、画面の小ささによる、入力のしにくさだ。多くのアメリカ人にとってクリックしたり入力したりするには、画面は小さかった。一方、今後スマートフォンが持ち運びできるコンピューターとして市場に大きなインパクトを及ぼすことは明らかだった。
スマートフォンでホテルの予約や天気を調べたりする時に、多くの入力やクリックが必要になる。使いにくさによって、20%のユーザーの離脱が生じていた。ビジネスとしては大きな損失だ。面倒な操作は解決すべき問題(Market Pain)だった。
我々は声を使って検索などの操作を行えばよいのではないかと考えた。音声で問い合わせた質問に対して、単に答えやリンクを返すのではなく、実行するシステムだ。例えば、レンストランやホテルの予約をしたい時は、単に予約画面を出してくれるのではなく、実際に予約をしてくれるのだ。
AI(ここでは音声認識と自然言語処理を組み合わせた技術)は単なる言葉と言葉のやり取りにとどまらず、あなたの要望を理解してくれる。質問の意図を理解してくれる。例えば、あなたが「明日、サンフランシスコのホテルを予約したい」と言ったとする。Siriがあれば、ホテルのウェブサイトにプラグインされた情報から、どんな部屋がよいかやルームサービスがいくらなのかを教えてくれる。
Siriでベンチャーを興すにあたり、最高の創業チームを作った。優れた起業家でありモトローラを退職したばかりのダグ・キトラウス(後のCEO)、同じく起業家でありスタンフォード・ナレッジ・システム研究所の科学者トム・グルーバー(後のCTO)、SRIの直近20年でもっとも優秀だったアダム・シェイヤー(後のエンジニアリング・ヴァイス・プレジデント)、それにSRIに留まるはずだったビル・マークと私が加わった。ちなみに最初は数名だったチームは、アップルに買収された時には30人になっていた。
Siriの創業チームは、数カ月にわたり毎日のように顔を合わせ一緒に働いた。可能性のあるマーケットやアプリケーションを探った。ベンチャーとして投資を得るために価値提案書にまとめた。
起業家は価値提案書でストーリーを語らねばならない。まず、マーケットの何が問題(Pain Point)なのかを示す。それを定量化する。それに対する技術的解決策は何か? ビジネスモデルは何か? どのような製品(サービス)なのか? あなたの製品(サービス)を顧客が実際に使っている事例を示すことができるか? あなたの製品の未来を説明できるか? 誰が競合になるか説明できるか? 資金に関するロードマップ(最初にいくら必要で、どれくらいの期間でなくなるか)を示せるか? なぜあなたがそのビジネスを実行できる能力があるのか説明できるか?
起業家は投資家に対して、これらのことを話さなくてはならない。シリコンバレーで資金を獲得するためには、これらの問いに対して明確で力強い答えが必要だ。
Siriの開発期間は18ヶ月だった。2009年11月から翌年2月までの最終テストを経て、アップルストアに公開した。最初の週末までに何十万もの人がダウンロードし、アップルストアのライフスタイル部門の1位になった。こうして、Siriは世界中の人が手の平で利用した初めての人工知能となった。
Siriを発表して2週間ほど経ったころ、CEOのダグ・キトラウスに電話があった。
「もしもし、スティーブ・ジョブズですが」
ダグは冗談だと思って、一度電話を切ったが、再び電話がなった。「本当にスティーブ・ジョブズだよ」。米アップル社のCEOだったジョブズがSiri社の買収の話を持ちかけてきた。毎週、何度も交渉を行い、投資に見合った額を提示されたところで契約となった。ご存知のように、現在SiriはiPhoneのiOSの中に組み込まれている。
これまでの話を4つの要素でまとめると、スマートフォンでウェブサイトのサービスを利用するときに、多くのクリック作業が生じていた。そのせいで20%のユーザーの離脱があった(マーケットペインポイント)。人工知能がユーザーの質問を理解し、返答できるようになった(テクノロジーブレイクスルー)。Siriを完成させるためワールドクラスのチームを作った(優秀なチーム作り)。どのように収益を生み出すのか、マーケットペインがいかに大きいかを示した(価値提案)。
ベンチャーを立ち上げる時、これら4つの要素の何から手をつけてもよいが、投資家は4つ全てを重視している。日本はブレイクスルーテクノロジーを多く持っている。しかし、他の3つの要素が弱く、多くの成功の機会を失っているかもしれない。逆に言えば、技術以外の面を伸ばせば、成功のチャンスが増えるということ。
日本はロボティクスが優れている。ロボット技術から市場の問題解決をすることは容易ではないだろうか。ロボットは今後、家庭に入ってくる。高齢者や小さな子供がいる家庭にはどんなニーズがあるか? ロボットでどのように解決できるか? 数年以内でこれにこたえられた企業やベンチャーが勝者となるだろう。
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