片道2年以上の行程、人類は「火星」にたどり着けるのか
探査プロジェクトを追う
米国は2030年にも月面に宇宙飛行士を送り込む計画を立てている。次に人類が目指す目標は火星だ。地球とは大きく異なる環境の惑星探査に世界中が注目している。今後、人類はどのように宇宙への歩みを進めるのか。国際宇宙探査において日本はどのような分野で貢献できるのか。火星探査のプロジェクトを追った。
火星探査は60年代のソ連の火星無人探査プログラム「マルス計画」から始まった。現在は、12年に火星へ着陸した米航空宇宙局(NASA)のローバー(探査車)「キュリオシティ」や、03年から火星軌道を周回する欧州宇宙機関(ESA)の探査機「マーズ・エクスプレス」などが活躍している。日本は98年に火星探査機「のぞみ」を打ち上げたが、火星周回軌道にたどり着くことはなかった。
火星探査の試みは続く。NASAは5月に火星内部探査機「インサイト」の打ち上げを計画している。さらに20年打ち上げ予定のアラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「アル・アマル」については、三菱重工業が国産ロケット「H2A」での打ち上げを受注。日本もローバーや飛行機を利用した総合的な火星探査計画「ミーロス計画」の20年代の実現に向け検討している。
日本は間接的なアプローチで火星探査に挑もうとしている。
火星はフォボスとダイモスと呼ばれる直径数十キロメートルの二つの衛星を持つ。これらの衛星はかつての火星と巨大隕石(いんせき)が衝突しその破片が集まってできたとする仮説と、外から来た小惑星が火星の重力に捕らえられたとする仮説が議論されている。前者の仮説が正しければ、衛星に火星由来の成分が含まれることになる。こうした仮説の検証に挑む東京工業大学の玄田英典准教授は「火星の衛星の試料を持ち帰り分析することで、火星本体の成り立ちを明らかにできるかもしれない」と目を輝かせる。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、これらの二つの衛星からサンプルを採取する「火星衛星サンプルリターンミッション」(MMX)の計画を進めている。現在開発が進む新型基幹ロケット「H3」での24年度の打ち上げを目指し、NASAと共同で実証機の開発を進める。
研究レベルでは火星での運用を想定した研究が多くある。
すでに火星では火星を回る人工衛星や火星表面を走るローバーが探査に活躍している。だが人工衛星では画像の解像度が悪いことがあり、キュリオシティでは1日の移動距離が200メートルと動ける範囲は狭い。そのため、火星の地表付近を飛行する火星探査飛行機の研究が進んでいる。火星探査飛行機の研究を行う東北大学の藤田昂志助教は「飛行機を使うことで探査車より広い範囲を観測できる。世界初となる探査手法になるのでは」と期待する。
JAXAは16年、重量5キログラムの飛行試験機の飛行実験を大樹航空宇宙実験場(北海道大樹町)で実施。高度36キロメートルで気球から飛行試験機を切り離し、約15キロメートルの飛行を成功させた。こうした試験で得たデータは風洞試験や流体力学シミュレーションの検証データとして利用する。将来の火星探査用飛行機の設計に生かせるかもしれない。
今話題になっているのは有人火星探査だ。トランプ大統領は17年12月、月面に宇宙飛行士を送り火星探査に向けた基地を造る指示書に署名、「火星やその先の宇宙を目指す基礎を築く」と明言した。こうした動きに対し日本は有人活動に必要な水や空気の再生技術といった「有人宇宙滞在技術」の開発に取り組む方針を示した。国際宇宙探査計画の中で、日本は得意技術を磨くことで優位な立場を確保する考えだ。
民間ではイーロン・マスク氏率いる米宇宙ベンチャーのスペースXが2月、世界最大の輸送能力を持つ大型ロケット「ファルコンヘビー」の打ち上げに成功。さらにその後継機となる巨大ロケット「BFR」を24年に火星に向けて打ち上げるため、ロサンゼルス港の施設で建造を始める。有人火星探査に向けた計画は着実に進んでいる。
だが火星に行くための課題は多い。「火星に行きたい気持ちはあるが、補給面などで少しハードルが高いのではないか」(JAXA宇宙飛行士の大西卓哉さん)と宇宙体験者の意見は厳しい。
火星はロケットでも片道2年以上の行程となる。そのため精神面での課題も出てくる。JAXA宇宙飛行士で宇宙医学生物学研究グループ長を務める古川聡さんは「異文化の人と閉鎖空間にいると、けんかが起きやすい」と強調する。片道2年かかる宇宙機や宇宙での居住スペースなど閉鎖空間での長期間のストレスは想像以上に大きい。JAXAは閉鎖空間で人がどうなるかという実験を試みている。
(文=冨井哲雄)
60年代に始動
火星探査は60年代のソ連の火星無人探査プログラム「マルス計画」から始まった。現在は、12年に火星へ着陸した米航空宇宙局(NASA)のローバー(探査車)「キュリオシティ」や、03年から火星軌道を周回する欧州宇宙機関(ESA)の探査機「マーズ・エクスプレス」などが活躍している。日本は98年に火星探査機「のぞみ」を打ち上げたが、火星周回軌道にたどり着くことはなかった。
火星探査の試みは続く。NASAは5月に火星内部探査機「インサイト」の打ち上げを計画している。さらに20年打ち上げ予定のアラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「アル・アマル」については、三菱重工業が国産ロケット「H2A」での打ち上げを受注。日本もローバーや飛行機を利用した総合的な火星探査計画「ミーロス計画」の20年代の実現に向け検討している。
仮説を検証
日本は間接的なアプローチで火星探査に挑もうとしている。
火星はフォボスとダイモスと呼ばれる直径数十キロメートルの二つの衛星を持つ。これらの衛星はかつての火星と巨大隕石(いんせき)が衝突しその破片が集まってできたとする仮説と、外から来た小惑星が火星の重力に捕らえられたとする仮説が議論されている。前者の仮説が正しければ、衛星に火星由来の成分が含まれることになる。こうした仮説の検証に挑む東京工業大学の玄田英典准教授は「火星の衛星の試料を持ち帰り分析することで、火星本体の成り立ちを明らかにできるかもしれない」と目を輝かせる。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、これらの二つの衛星からサンプルを採取する「火星衛星サンプルリターンミッション」(MMX)の計画を進めている。現在開発が進む新型基幹ロケット「H3」での24年度の打ち上げを目指し、NASAと共同で実証機の開発を進める。
世界初の手法
研究レベルでは火星での運用を想定した研究が多くある。
すでに火星では火星を回る人工衛星や火星表面を走るローバーが探査に活躍している。だが人工衛星では画像の解像度が悪いことがあり、キュリオシティでは1日の移動距離が200メートルと動ける範囲は狭い。そのため、火星の地表付近を飛行する火星探査飛行機の研究が進んでいる。火星探査飛行機の研究を行う東北大学の藤田昂志助教は「飛行機を使うことで探査車より広い範囲を観測できる。世界初となる探査手法になるのでは」と期待する。
JAXAは16年、重量5キログラムの飛行試験機の飛行実験を大樹航空宇宙実験場(北海道大樹町)で実施。高度36キロメートルで気球から飛行試験機を切り離し、約15キロメートルの飛行を成功させた。こうした試験で得たデータは風洞試験や流体力学シミュレーションの検証データとして利用する。将来の火星探査用飛行機の設計に生かせるかもしれない。
得意技術磨く
今話題になっているのは有人火星探査だ。トランプ大統領は17年12月、月面に宇宙飛行士を送り火星探査に向けた基地を造る指示書に署名、「火星やその先の宇宙を目指す基礎を築く」と明言した。こうした動きに対し日本は有人活動に必要な水や空気の再生技術といった「有人宇宙滞在技術」の開発に取り組む方針を示した。国際宇宙探査計画の中で、日本は得意技術を磨くことで優位な立場を確保する考えだ。
民間ではイーロン・マスク氏率いる米宇宙ベンチャーのスペースXが2月、世界最大の輸送能力を持つ大型ロケット「ファルコンヘビー」の打ち上げに成功。さらにその後継機となる巨大ロケット「BFR」を24年に火星に向けて打ち上げるため、ロサンゼルス港の施設で建造を始める。有人火星探査に向けた計画は着実に進んでいる。
高いハードル
だが火星に行くための課題は多い。「火星に行きたい気持ちはあるが、補給面などで少しハードルが高いのではないか」(JAXA宇宙飛行士の大西卓哉さん)と宇宙体験者の意見は厳しい。
火星はロケットでも片道2年以上の行程となる。そのため精神面での課題も出てくる。JAXA宇宙飛行士で宇宙医学生物学研究グループ長を務める古川聡さんは「異文化の人と閉鎖空間にいると、けんかが起きやすい」と強調する。片道2年かかる宇宙機や宇宙での居住スペースなど閉鎖空間での長期間のストレスは想像以上に大きい。JAXAは閉鎖空間で人がどうなるかという実験を試みている。
(文=冨井哲雄)
日刊工業新聞2018年5月1日