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「税金で賞金を!」坂村健氏が唱える“第2のシャフト”を出さない方法

DARPAロボティクスチャレンジ惨敗。賞金数億円クラスの日本版「Xプライズ」を
 ライト兄弟による世界初の有人動力飛行から十数年たった1919年、ニューヨークのホテル経営者がニューヨーク・パリ間の無着陸飛行に対し2万5000ドルの賞金を与えるオルティーグ賞を創設した。5年間の期限内では誰も挑戦せず、5年延長して、ついに1927年に成功したのが『翼よあれがパリの灯だ』で有名なリンドバーグだ。その時の9チームが投じた資金は総額40万ドル。冷静に考えれば賞金で見合うものではない。しかしその後3年で旅客機の交通量が30倍になるなど社会全体としては多大な効果があった。

 【研究開発だけで効果10倍】
 このオルティーグ賞を参考にしたのが米国の非営利団体Xプライズ財団のXプライズだ。04年の民間による有人弾道宇宙飛行を競うXプライズは26チームが参加。賞金1000万ドルに対し総計1億ドル以上がレースのために投じられ、研究開発だけでも10倍の効果。さらに開発レースが注目を集め民間の宇宙飛行が現実のものとして注目されるようになるなど、広報面だけでも賞金分以上の効果を上げた。

 この成功を受け、さまざまな企業・団体がスポンサーとなりXプライズは続いている。民間月探査に3000万ドル、医療を受けるのが困難な世界の人々のための自動診断機器の開発に1000万ドルという具合だ。最近では子どもの基礎学習能力を向上させるオープンソースソフトウエアとか、大人の低識字者の読み書き能力を向上させるアプリの開発を競うXプライズといった社会的問題の解決にも手を広げている。

 【グーグルがチーム買収】
 戦争が技術開発を加速するとよく言われるが、人間というのはやはり競争状態で最も力を発揮できるようにできているということだろう。その意味で、血を流さずに競走効果を技術開発に持ち込もうというのが、Xプライズ方式なわけだ。

 米国防総省DARPA(高等研究計画局)もXプライズ方式で軍用車の無人化を目指し、04年に賞金100万ドルで無人車の走行レース「グランドチャレンジ」をモハベ砂漠で催した。完走車は出なかったが、その1年で過去20年の成果より技術が進歩したといわれる。実際、翌年には5台完走。現在話題の自動運転自動車の製品化ラッシュは、ここで活躍した人材が引っ張っており、グランドチャレンジはすべての自動車の未来を推し進めたと言われている。

 さらにDARPAは12年から災害救助能力を持つ人間型ロボットの開発を目指して「ロボティクスチャレンジ」というコンテストを進めている。一昨年の予選の段階で首位を取っていたのは、東大が参加を禁じたため東大を辞めてこのためにベンチャーを起こしたという若手の研究者らだった。そのベンチャーはグーグルにすぐ買収され、今は実用開発を行っている。そちらが佳境だとして決勝に出ず、代わりに決勝には経産省が呼びかけていくつかの日本のチームが急遽(きゅうきょ)参加したが、時間がなかったこともあり惨憺(さんたん)たる結果に終わっている。

 【億円規模での導入期待】
 ロボット大国と言われる日本だが、東大が参加を禁じるように、企業も大学もマスコミからの非難もあり米軍関係のチャレンジへの参加には消極的。しかし一方のグーグルはあくまで民生ロボット開発にこだわり、軍用ロボットを軍に供給するつもりはないようで、有力企業をさらわれたDARPAはご不満という。スポンサーが誰であれXプライズ方式はコンテストとしてオープンであり、その成果もスポンサーに囲い込まれない。その意味で、最初にお金をもらって行う契約ベースの研究開発とは性質が異なるものだ。

 すべての研究開発をXプライズ式で行うことはできないだろうが、それがハマる課題では、時間的にも予算的にも大きな効果が見込める。そのため欧米では政府機関がXプライズ式開発振興を仕掛けるのはもはや珍しくない。「税金で賞金」というのは語呂もいい。日本政府も賞金数億円クラスのXプライズ式技術開発をぜひ主催してほしいものだ。

 【略歴】
 坂村健(さかむら・けん)1979年(昭54)慶大院工学研究科博士課程修了、同年東大助手、96年教授、00年から東大院情報学環教授。工学博士。84年TRONプロジェクトリーダー、01年YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長。東京都出身、63歳。
日刊工業新聞2015年07月06日 パーソン面「卓見異見」より
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
2020年には東京五輪がある。日本もそこに向けて大きなしかけを作るチャンスだ。

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