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井戸は構造物であるが、人生観のヒントにもなる

日さく・若林直樹社長インタビュー「井戸水は地震に強く、貴重なオアシス」
井戸は構造物であるが、人生観のヒントにもなる

日さく公式ページより

 ―日さくは、地下水・温泉の井戸掘り(さく井)業界で国内首位の企業。100年超の歴史と業界の存在を知ってほしいというのが、「井戸を掘る 命をつなぐ」を執筆する動機です。
 「1912年(明45)4月の創業で、機械掘削の国内パイオニアだと自負している。『現場第一』を掲げ、現在は井戸などを掘る“さく井”というハード面だけでなく情報提供などソフト面の対応も行っている。季節やコスト抑制など状況に応じた水量の制御などコンサルティング事業もしている」

 ―本書からは、日本の近代化とともに歩み、数々の経験が地質調査など新分野進出の原動力となったことが伝わってきます。
 「23年の関東大震災は大きな契機だった。震災は災厄をもたらす一方で、井戸水は地震に強く、焦土における貴重なオアシスを提供するという世間の認識を広めた。60年代の地下水くみ上げによる地盤沈下は当社経営の転換点となった。くみ上げは規制されてもストップはしなかったが、経営的には打撃を受けた」

 「その後、行政が地盤沈下の原因を究明することとなり、当社は『地盤沈下観測井』を考案・納入することになった。やがて、工事部門や地質調査部門の立ち上げにつながった。さく井を通じて地下水や地盤のことをより広く、深く知ることで、今日の防災対策に役立てられる」

 ―日本では当たり前の飲み水が、中近東、アフリカ、中南米などでは十分掘り当てられていないと聞きます。本業を通じた社会貢献にも力を入れています。
 「海外には水をくみに行くため、学校に通えない子どもたちも少なくない。当社はこれまでにODA(政府開発援助)案件を含め50カ国以上で仕事をしている。海外の仕事は国内と違って、企業努力=社会貢献ができない会社は通用しない。最低5―10年かけて実績をつくり、発展途上国から頼られる存在となり、それが次の仕事につながるという図式だ」

 「郷に入れば郷に従えで、地元に本当に役立つには土地の人と接して、地域に溶け込むことが大切だ。セネガルでは、給水施設を造った当社技術者が感謝され、現地の人が子どもに彼の娘さんと同じ名前を付けたほどだ。ベナンで活躍した元部長は51歳で他界したが、遺族がその名前を冠した文庫を現地に寄贈した」

 ―巻末の「井戸は生きもの」とのとらえ方は興味深いです。
 「宗教家・教育者の渡辺和子さんが『深い井戸の底には、真昼間でも天上の星の影が宿る…』と書いており、感銘を受けた。仕事柄、井戸は構造物と見てきたが、渡辺さんは人生観のヒントにもなり得ると指摘された。自然を怒らせると災いがもたらされると言う。あらためて自然との対話が大事だと思う」

 「一方で、私は社会人として成功するポイントは、いかに自分の仕事を好きになるかだと考える。当社の人材育成はオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)であり、まず経験させて、考えさせる土壌をつくっている。問題が発生すればすぐに現場に行き、現物を確認し、現実を認識することが基本。我々の業界の意義や魅力を訴えつつ、人材教育の徹底に言及した」
(聞き手=さいたま総局・山中久仁昭)
<略歴>
若林直樹(わかばやし・なおき)=日さく社長。77年(昭52)早大大学院理工学研究科(資源工学)修士課程修了、同年日さく入社。大阪支店長、東日本支社長、地質調査本部長、技術統括本部長などを経て、16年社長。東京都出身、66歳。『井戸を掘る 命をつなぐ』(ダイヤモンド社) 
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
同社のホームページをみると、大正13年当時の吹上御所での井戸掘削工事の写真なども掲載されている。改めて井戸の歴史と奥深さを知ることができる。世界銀行が気候変動による水不足の深刻化が世界経済に及ぼす影響をまとめた報告書によると、今後の人口増加や都市部の拡大によって水の使用量も増大するため、十分な水を確保できない地域が出てくると予想。対策がなければ中央アフリカ、東アジア、中東などは2050年までに国内総生産(GDP)が6%減少する可能性があると指摘している。

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