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世界を狙う日立、見切り上手の三菱電機。がん治療装置の損得

粒子線治療装置事業の買収劇、国内市場の頭打ちで…
世界を狙う日立、見切り上手の三菱電機。がん治療装置の損得

北大病院の陽子線治療装置(日立提供)

 日立製作所が三菱電機の粒子線治療装置事業を2018年4月に買収・統合する。粒子線治療は副作用が少なく治療後の社会復帰が容易なため、世界規模で市場が拡大している。日立製作所は三菱電機からの事業買収で開発などの経営資源を統合し、事業競争力を強化。粒子線治療装置で世界首位の座を目指す。

「IBAの背中が見える。いずれ抜くことも可能」


 「これからは世界。展開するためには集結した方がいい」―。日立製作所の渡部真也執行役常務ヘルスケアビジネスユニットCEOは、三菱電機の粒子線治療装置事業の買収の狙いをこう言い切る。

 世界の粒子線治療装置の市場シェアはベルギーのIBAが40%弱で首位。そこに米バリアンメディカルシステムズと日立が約15%で拮抗(きっこう)する。三菱電機を買収すると日立は約25%となり、単独2位に躍り出る。日立の中村文人チーフエグゼクティブ放射線治療システム担当も「買収でIBAの背中が見える。いずれ抜くことも可能だ」と鼻息が荒い。

 買収の背景にあるのは粒子線治療の広がりだ。世界の粒子線治療市場は年率約10%で増加している。世界で約70施設が稼働しており、今後も年10―20施設の新設が見込まれている。欧米に加えて、今後は中国、アジア市場でも2ケタ近い成長が期待されている。この需要の取り込みには営業や開発などの経営資源がカギだ。

 日立は世界14施設で粒子線治療装置の受注実績を持つ。がん治療で著名な米MDアンダーソンがんセンター(テキサス州)など北米の主要の医療機関で稼働しており、アジアでも香港養和病院、シンガポール国立がんセンターなどで受注している。またIBAの牙城である欧州でも受注を獲得した。世界で販路を広げているが、経営資源は逼迫(ひっぱく)する状況にある。

 そんな中で三菱電機が最適な相手に浮かび上がった格好。粒子線治療装置の分野は専門的で深い技術的な知見が求められる。専門人材が限られる中で、三菱電機の粒子線治療装置事業に関わる約100人の人材は魅力だ。「三菱の人材は即戦力」(中村チーフエグゼクティブ)となる。
粒子線治療装置の加速器部分(工場内の試験設備=三菱電機提供)

 日立の同事業の人材は約200人。今後、買収で日立に移管する人員規模を詰める予定だが、開発や設計など技術部門を中心に数十人規模が三菱電機の電力システム製作所(神戸市兵庫区)から日立の日立事業所(茨城県日立市)に移る見通し。日立としては組織の大幅な増強となる。

 三菱電機は国内の粒子線治療施設17施設のうち、9施設に装置を納入する国内シェアトップ企業だ。にも関わらず事業売却で同事業から撤退することになるが、その背景には、国内市場の頭打ちがある。

 粒子線治療のうち、陽子線治療は小児がん、重粒子線治療は骨軟部腫瘍とそれぞれ保険適用されている。今後の保険の適応拡大で市場拡大が期待されるものの、治療施設数が世界最多と海外に先行する日本では、今後は大幅な新設計画は望めそうもない。

 三菱電機も国内で培った技術・製品をベースに海外の医療機関などと連携しながら、営業活動を進めてきた。だが、三菱電機には海外で受注がない上、国内市場は頭打ちで、事業展開に限界があった。

 特に粒子線治療は最先端の技術を維持するために、多くの経営資源が必要となる。国内市場で首位でも、約100人の陣容を維持することは難しく、事業拡大には海外展開は必須。一方の日立は粒子線治療装置事業で、世界年10―20施設の新設案件のうち、3―4割の案件獲得を目標に掲げている。
                    

トータルソリューションでなければ…


 日立がヘルスケアを事業の柱に位置付けていることも大きい。粒子線治療は装置単体だけでなく、がんの診断、治療計画の立案、治療後のケアといった一連の工程が重要になる。トータルソリューションでなければ、医療現場のニーズに応えられないのが実情だ。

 日立はコンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)などの画像診断装置のほか、治療計画ソフトなども手がける。がん全遺伝情報(ゲノム)などの研究にも取り組んでおり、「装置プラスアルファの包括的な取り組みができる」(渡部執行役常務)。北海道大学と共同開発した移動する腫瘍に正確に粒子線を照射できる動体追跡技術は他社にない。

 三菱電機は国内のみの事業展開に加え、他に目立ったヘルスケア事業を持たないため広がりにも欠ける。戦う相手を世界に見定めた時に、「幅広くヘルスケア事業を展開している日立への事業譲渡による統合が最適」(三菱電機)と判断した。

 日立は三菱電機の経営資源を獲得することで、高性能・高付加価値の製品・サービスの開発が強化され海外展開の後押しとなる。

 今後は米国、欧州、中国、アジアの4極を軸に中核拠点を強化していく方針だ。例えば中国では現地の原子力大手の中国広核集団(CGN)と陽子線治療装置の販売で業務提携するほか、欧州では同社の米国営業トップだった人材を英国ロンドンに駐在して営業チームを組織。IBAの牙城である欧州市場で受注に結びつけている。今後も現地採用を進めるほか、パートナー戦略などを進めていく。

 日本の医療機器業界の成長には輸出拡大が不可欠だが、世界市場では欧米企業の力が強い。そうした中、粒子線装置は日本が海外で勝負できる製品の一つでもある。今回の買収は「IBAやバリアンに勝つための施策」(中村チーフエグゼクティブ)であり、医療機器の世界展開の代表例となる。世界首位奪取に向けた次の一手が注目される。
                  

(文=村上毅)

 
日刊工業新聞2017年12月28日
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
 粒子線治療はがんの3大療法の一つである放射線療法の一種であり、新しい治療法だ。がん細胞にピンポイントで粒子線を照射できるため、治療効果が高いのが特徴。従来のX線治療と比べ、正常組織への影響を低減できるほか、手術などの外科療法や薬物などの化学療法と比べても患者への負荷や副作用が少ないとされる。現在、粒子線治療で用いられているのは陽子線と炭素線(重粒子線)の2種類。世界で年1万人以上が治療を受けていると言われる。世界で70施設以上が稼働し、今後も年10施設以上の新設が見込まれている。

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