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30年以上、ソニーの知財を見てきた男「知財は道具だ」

御供俊元氏に聞く「グローバルアジェンダに対し何をするのか理解が必要」
30年以上、ソニーの知財を見てきた男「知財は道具だ」

「やはり一番の喜びは、自分の技術が実際の製品に使われること」(御供さん)

 ウォークマンやアイボなど、画期的な製品を生み出してきたソニー。グローバル企業として革新的なアイデアや、それを生み出す技術者をいかに守り、成長の糧としてきたのか。30年以上、知的財産部門に携わっている、執行役員コーポレートエグゼクティブの御供俊元さんに聞いた。

 ―知財戦略をどう位置づけていますか。
 「メーカーなので会社として提供したい価値の技術的側面を可視化、知財化するのが基本だ。企業なので利益追求はしていく。ただし、本当に社会に役立っているのか、価値提供できるのか、という基本がぶれないように常に意識している」

基礎研究は大切


 ―特許を出す基準は。
 「例えば技術を広げた方が市場が大きくなり、結果としてソニーへ収益機会があるならば基本的には使ってもらいやすく、いろいろな人が参加しやすい知財の構築を目指す。一方で、どちらかというと競争が激しい領域では、一番大事な部分はノウハウとして秘匿し特許化しない場合もある。狙う市場によってやり方は違う」

 「メーカーなので、基礎研究は大切。事業の戦略と合わずに開発テーマがなくなってしまったとしても、素性がよければ、それらの開発成果は特許として保持し、時代にあわせてその権利範囲を成長させることができるようにしている。将来、価値が顕在化する可能性もあり、基礎研究の場合は、その価値が判明するまで10年以上かかるケースもある。そのような研究を続けられるのが日本の企業の強み。周りの状況に左右されないで、それらには取り組んだほうがよいと経験上は感じている」

数を持つこと自体に意味は無い


 ―現在の国内の特許出願件数は、年間2000件程度です。3000件以上出していた2000年頃に比べると減少しています。
 「昔の家電業界の場合はある程度、数を持っていることに意味があったが、家電からコンピューター、インターネットの時代になり、今ではIoT(モノのインターネット)の世界が広がっている。家電もITもサービスも同じ領域にあるなど、業界の垣根が低くなっている。このような状況で全体のエコシステムを考えると、今のソニーであれば2000件程度で十分だと考えている。必ずしも従来の家電業界の常識に合わせる必要はない」

 ―あらゆるモノがつながるようになり、市場環境は30年前と激変しています。
 「良いモノを作れば売れたという昔の時代と違って、今は良いモノを作っただけでは売れない。実際にそれがどんな使われ方をして、ユーザーがどこに価値を感じるかを見ないとビジネスができない」

 「知財も同様で、昔は、開発者が出してきた発明を如何に権利として確保するかが知財の仕事だったが、現在は、ビジネスの全体を理解しないと適切なサポートはできない。エコシステムが大きくなるとソニーだけで端から端までカバーして価値提供するのは不可能だ。結果として他の企業や大学、スタートアップなど外部との連携がとても増えている。その上で知財をオープンにした方がいいのか、クローズにした方が良いのか、やり方を変えている」

複雑系の社会


 ―知財に求められることは。
 「知財は道具だ。作るものが家なのか学校なのか遊園地なのかで、どうクギを打ちカンナをかけるのか、といった道具の使い方は変わる。何を作り、作ったものの目的は何か。これを理解していないと、知財の価値は発揮できない。今の複雑系の社会の中で要求されるのは、体験価値やSDGs(持続可能な開発目標)といったグローバルアジェンダに対し、社会として、産業として、国として、企業を通じて何をするのか。これをより理解した上で、道具としての知財を使うという発想にならないと、なかなか国際競争力はつかない」

 ―グローバル化により地域の垣根も下がったことで、パテント・トロール対策や知財後進国での訴訟といった課題も出ています。
 「パテント・トロールは知財を投機対象として価値を最大化するという面があるが、それが発祥した米国でも、今は抑制する方向にある。また3~4年前の中国では、国策的に産業を保護する目的で裁判での公正さが疑問視されることもあったが、今や年間100万件の特許を出す世界最大の出願国になった。法体制もかなり先進的になり、質を向上していこうという段階にあるので、あまり心配はしていない」

 ―実際に係争になった場合の対策は。
 「訴訟遂行上の実戦的なテクニックは色々あるが、 一番重要なのは、発明と特許制度の理念に基づき特許の価値を客観的に判断し、他人の特許でも価値があるものに対しては、自分の特許と同じように敬意を払うと言う姿勢で臨むことだ。一方で(単なる利益目的など)本来の目的から外れるものに対しては、断固とした態度を取らねばならない」

ハーモナイゼーションに期待


 ―国によっては裁判が公正ではないという話もあります。
 「国家間で協調しましょうというハーモナイゼーションの動きは産業界に取っては極めて重要な事で是非加速して欲しいが、一方に於いて、ハーモナイゼーションが確立されるまではビジネスをしないという訳にもいかず、他国でビジネスをする以上、その国の法律に基づき戦わざるをえない」

 「民間企業としてそれを是とはしないが、現実問題としては、前提条件として制度の違いを織り込んだ上で対応するしかない。大切なのはその特許の合理性をどこまで予見できるか。予見できていれば、訴訟の前に和解できるかもしれない。訴訟になればリスクをどう最小化するかもポイントだが、そのためのスキルやテクニックは経験による所も大きい」

 ―30年以上知財の仕事に就いている御供さんのような経験やノウハウを身につけるのは簡単ではありません。後進の育成は。
 「自分一人でできる経験や体験には限りがあるが、ソニーは70年分の知財の蓄積がある。これをできるだけ理解しやすい形で後進に提供して共有するようにしている。選択肢が広がった上で各人がどう判断するかは、会社にどう貢献したいかという個々の本質の話だ。自分のような人をもう一人作ろうとか、ジェネラリストを作ろうとか、そういった定型パターンは考えていない」

お金だけではない


 ―2016年には特許法35条が改正されました。発明者と企業の関係性はどうあるべきでしょうか。
 「評価にもお金だけでなく様々な策がある。報奨制度としてどんなものが必要かは発明者の目線で考えるべきで、最終的には何が最も合理的か、ということではないか。発明者が求めていることはいくつかある」

 「やはり一番の喜びは、自分の技術が実際の製品に使われること。二つ目に金銭的な評価も含め、自分の評価が認識されること。三つ目は社会的な認知。そして世の中の役に立つこと。この三つの想いに合理的な範囲でどれだけ寄り添えるかを考えるのが会社の義務だと思う」

 「発明者の社会的認知と言う意味で、社外の表彰制度についてもソニーは力を入れており、発明協会の全国発明表彰で8年連続で上位賞を獲得している。発明者としてはそういう所に評価されるのも一つの認知。単にお金だけでなく、いかに発明者の想いに対して会社として向き合っていくかが大切だ」

 ―一方で高額報酬による外資系企業への技術者流出が問題になっています。
 「こちらが払えないレベルまで出すと言われれば、対策しようがない。しかし技術者の求めるものは金銭的な報酬だけではない。特にソニーの場合は技術者のモチベーションをどこまで高められるか、という点も設立趣意書の中で問われている。創立から70年たったが、その部分に真摯(しんし)に向き合ってこそソニーだ。特に事業的にうまくいかなかった基礎研究でも、特許的に見れば他の使い道が見つかるかもしれない。そういったモチベーションの面でも技術者に寄り添うというのは、企業として大事なことだ」

 「その一方で海外から来てくれる人もいる。例えばクールジャパンに象徴されるようなコンテンツに対する価値は、海外からの思いが強い。社会的認知やエンジニアの働きやすさといった部分でも柔軟に対応して、技術者の技量を最大限に発揮できる環境を作るということは、発明者の国籍に関わらず企業として共通の問題だと思う」

産業拡大に寄与を


 ―今、日本に必要な知財戦略とは。
 「知財に閉じる話ではなく、産業としてどんな方向に向かうべきか、という話ではないか。グローバル化が進みインダストリー4.0や、ソサイエティー5.0という世界になると、自分だけでできることは少ない。いかに他の企業や学術界、スタートアップも含めて、広く世の中を見た上で、何がベストな体験価値かを早く決めることが大切だ。SDGsでは日本は先進国。いろいろな人がいろいろなことに取り組んでいるが、データがそろっているほどベストな判断や新しい決定ができる。知識やノウハウを共有できる環境をつくるのが重要だ」「

 「米国ではジェフ・ベゾスのような富裕な起業家が課題認識を持つ分野に於いて、知識やノウハウを共有できる場を自費で作って社会に提供している。日本に一番根付きやすい知識やノウハウを共有するプラットフォームを早く作り、早く動くことが求められている。それを進める上で利害の対立があった際に、知財を道具として上手に使って障壁を乗り越え、発明を促進しながら産業拡大に寄与できるかを打ち出すのが、今後の知財戦略に求められているのではないか」
「大切なのはその特許の合理性をどこまで予見できるか」(御供さん)

【略歴】
御供俊元(みとも・としもと)1985年ソニー入社、1993年ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカに配属。2013年業務執行役員SVP、2016年執行役員コーポレートエグゼクティブ。知的財産、事業開発プラットフォーム事業戦略を担当。54歳。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
今回、自分は御供さんのインタビューには立ち会っていない。以前、御供さんは最も印象に残った交渉の一つが、アップルのスティーブジョブズとのものだったと話していた。ソニーなどが持つ動画フォーマット「MPEG2」と、アップルのコンピューターがデータ通信するための標準規格にかかわる特許との話し合いだったという。それ以外にもウォークマンからプレステなどあやゆるリアルな特許交渉の最前線に立ってきた人物。インタビューの中でも語っているように、時代とともに特許戦略は変わるし、ソニーも変わってきた。御供さんのような人物は、もうそうそう出てこないかもしれないが、「技術者の技量を最大限に発揮できる環境を作る」という課題はこれからもあり続ける。

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