風邪薬ががんに効くかもしれない。既存薬を転用する研究に脚光
「ドラッグ・リポジショニング」、大学と製薬会社が連携の動きも
既存薬などから別の病気の薬効を見つけ出す手法「ドラッグ・リポジショニング」(DR)の研究成果が相次いで報告されている。人間の体内での作用や安全性の検証が済んでいる既存薬を転用することで、薬の開発にかかる費用や時間を抑えられる利点がある。また、すでに開発を中止した薬剤候補物質(化合物)を再利用する例もある。大学組織が仲介役となり、DRの研究者による試料や資金調達を支援する事例も出始めた。
北海道大学大学院医学研究科の田中伸哉教授と篠原信雄教授らは、風邪薬の成分で一般的な非ステロイド系の抗炎症薬「フルフェナム酸」に膀胱(ぼうこう)がんの転移を抑える働きがあることを突き止めた。
ヒトの膀胱がん細胞を移植したマウスによる実験で、「アルドケト還元酵素」という物質ががん細胞の動きを高めていることを発見。この酵素の働きを抑える効果のあるフルフェナム酸を患部に投与したところ、がん細胞の動きを抑えられ、抗がん剤の効き目が回復した。
膀胱がんは進行して組織の深い部分に達すると、肺などに転移しやすくなる。安価な風邪薬成分のフルフェナム酸と抗がん剤を併用する治療法が確立すれば、患者の治療費軽減につながりそうだ。
一方、順天堂大学大学院医学研究科の横溝岳彦教授らは、細菌の一種「肺炎球菌」が引き起こす肺炎による死亡を、気管支ぜんそくやアレルギー性鼻炎の治療薬「モンテルカスト」で抑えられることを発見した。
この細菌の毒素をマウスの気道に投与すると、気管支の筋肉収縮などぜんそく時の症状が現れ、死に至ることが判明。モンテルカストを事前投与したマウスは致死率を下げることに成功した。
成人の肺炎のうち、4分の1から3分の1程度は肺炎球菌が原因とされ、すでに安全性が確立された既存薬モンテルカストの転用が期待される。
また、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の道上宏之助教らは、抗うつ薬の一種「フルボキサミン」に悪性脳腫瘍の治療効果があることを見つけた。
腫瘍細胞が周囲の正常組織へ広がる際、たんぱく質が多数連結した「仮足」と呼ばれる構造を形成する点に着目。仮足の形成を邪魔する成分を見つけるため、既存の抗うつ薬や抗けいれん薬、抗不安薬などを試し、フルボキサミンにたどり着いた。
DRとして有効性が確認された例では、狭心症治療薬として血管を広げる作用を持つ「シルデナフィル」が、男性器の勃起不全治療に転用され、「バイアグラ」として商品化されたケースが有名だ。
頭痛薬や解熱薬として使う「アスピリン」は少量の投与で血液をさらさらにする効果があり、脳梗塞や狭心症、心筋梗塞などの治療に使われている。
新薬開発の難易度の高まりなどを背景に、欧米では製薬会社や国が組織的にDR研究に取り組んでいる。そうした中、東京大学は、製薬会社から開発を中止した化合物を提供してもらい、DR研究に生かす活動を2016年10月に始めた。
「ドラッグ・リダイレクションプログラム」と名付けたこの活動では、東大の「東大トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ」(TR機構)が仲介役となり、製薬会社と大学の研究者を引き合わせる。
研究者は薬の候補となる化合物の入手が容易になり、企業側は従来廃棄していた化合物を有効活用できる利点がある。同機構の加藤益弘特任教授は、「早ければ4、5年のうちに具体的成果が出るだろう」としている。
(文=斉藤陽一)
北海道大学大学院医学研究科の田中伸哉教授と篠原信雄教授らは、風邪薬の成分で一般的な非ステロイド系の抗炎症薬「フルフェナム酸」に膀胱(ぼうこう)がんの転移を抑える働きがあることを突き止めた。
ヒトの膀胱がん細胞を移植したマウスによる実験で、「アルドケト還元酵素」という物質ががん細胞の動きを高めていることを発見。この酵素の働きを抑える効果のあるフルフェナム酸を患部に投与したところ、がん細胞の動きを抑えられ、抗がん剤の効き目が回復した。
膀胱がんは進行して組織の深い部分に達すると、肺などに転移しやすくなる。安価な風邪薬成分のフルフェナム酸と抗がん剤を併用する治療法が確立すれば、患者の治療費軽減につながりそうだ。
抗うつ薬に着目
一方、順天堂大学大学院医学研究科の横溝岳彦教授らは、細菌の一種「肺炎球菌」が引き起こす肺炎による死亡を、気管支ぜんそくやアレルギー性鼻炎の治療薬「モンテルカスト」で抑えられることを発見した。
この細菌の毒素をマウスの気道に投与すると、気管支の筋肉収縮などぜんそく時の症状が現れ、死に至ることが判明。モンテルカストを事前投与したマウスは致死率を下げることに成功した。
成人の肺炎のうち、4分の1から3分の1程度は肺炎球菌が原因とされ、すでに安全性が確立された既存薬モンテルカストの転用が期待される。
また、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の道上宏之助教らは、抗うつ薬の一種「フルボキサミン」に悪性脳腫瘍の治療効果があることを見つけた。
腫瘍細胞が周囲の正常組織へ広がる際、たんぱく質が多数連結した「仮足」と呼ばれる構造を形成する点に着目。仮足の形成を邪魔する成分を見つけるため、既存の抗うつ薬や抗けいれん薬、抗不安薬などを試し、フルボキサミンにたどり着いた。
DRとして有効性が確認された例では、狭心症治療薬として血管を広げる作用を持つ「シルデナフィル」が、男性器の勃起不全治療に転用され、「バイアグラ」として商品化されたケースが有名だ。
頭痛薬や解熱薬として使う「アスピリン」は少量の投与で血液をさらさらにする効果があり、脳梗塞や狭心症、心筋梗塞などの治療に使われている。
4―5年で成果目指す
新薬開発の難易度の高まりなどを背景に、欧米では製薬会社や国が組織的にDR研究に取り組んでいる。そうした中、東京大学は、製薬会社から開発を中止した化合物を提供してもらい、DR研究に生かす活動を2016年10月に始めた。
「ドラッグ・リダイレクションプログラム」と名付けたこの活動では、東大の「東大トランスレーショナル・リサーチ・イニシアティブ」(TR機構)が仲介役となり、製薬会社と大学の研究者を引き合わせる。
研究者は薬の候補となる化合物の入手が容易になり、企業側は従来廃棄していた化合物を有効活用できる利点がある。同機構の加藤益弘特任教授は、「早ければ4、5年のうちに具体的成果が出るだろう」としている。
(文=斉藤陽一)
日刊工業新聞2017年1月10 日