次世代医療が「がん死ゼロ」へ挑む
「粒子線治療」と「BNCT」の可能性
がんの治療技術が進化している。根治性が高く、体の形態・機能を維持できる放射線治療への期待は大きく、中でも「粒子線治療」「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」は次世代技術として脚光を浴びている。日本はこれまで研究開発で世界をリードしてきた。2017年もがん治療のあり方を変える可能性を秘める次世代がん治療技術から目が離せない。
粒子線治療は粒子を加速した粒子線をがん細胞にピンポイントに照射する治療法だ。照射する粒子は陽子か炭素(重粒子)の2種類で、粒子の種類で陽子線治療か重粒子線治療に分かれる。
一般的な放射線治療はX線などの光子線を照射するが、体の表面部が線量が最も高く、体内深くに行くほど線量が低減する。がん細胞に効果的に線量を照射するには多方向から照射するなど、正常組織への影響を低減することが必要だ。
一方で粒子線は一定の深さで線量が最大になる特性(ブラックピーク)のため、ピークの位置を調整することで「がん細胞に最大の線量を与えることができる」(量子科学技術研究開発機構)。治療効果が高く、周辺の正常組織への影響を低減することも可能だ。
また、従来の放射線はがん細胞の二重らせんの一重鎖を主に切断するのに対し、粒子線は二重鎖を切断する確率が高く、がん細胞に的確にダメージを与えることができる。
治療効果の高さから全世界で累計15万人以上が粒子線治療を実施し、年間治療数も約2万人に増加している。
特に陽子線治療は装置を病院内に設置でき、建設コストも重粒子線治療装置に比べて安価。従来のX線治療装置と同様の治療計画を生かせることができるといった利点もあり、施設稼働数は世界60施設を超え、日本や欧米、アジアで施設の建設計画が進む。
重粒子線治療は陽子線治療に比べ治療効果が高い。だが、粒子の質量が重いために扱いにくく、装置が大がかりになり、高い建設コストも課題だった。
そこで量研機構と住友重機械工業、東芝、日立製作所、三菱電機が組み、次世代の重粒子線治療装置の研究が始動した。レーザー技術や超電導コイル技術の導入などで、26年をめどに装置を10分の1に小型化し、建設コストを半減程度にする。
装置名を「量子メス」と名付け、がん治療で主流の手術からの代替を目指す。量研機構の平野俊夫理事長は「量子メスが世界に普及すれば『がん死ゼロ』社会も夢でなくなる」と語る。
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は中性子とホウ素の反応を利用して、がん細胞を内部から破壊する最先端の放射線がん治療法だ。がん細胞のみに集積するホウ素薬剤(BPA)を患者に投与し、ホウ素が集積した患部に中性子を照射する。
中性子は飛距離が細胞一つ分で約10マイクロメートル(マイクロは100万分の1)と短く、細胞単位で選択的に照射することが可能だ。
難治性がんなどにも対応でき、正常細胞への影響がほとんどない。一度に高い線量を照射できるため、照射時間も約30分と短く、照射回数も1―2回と患者への負担も少ないのが特徴だ。
もともと、BNCTの研究は1950年代に米国で始まった。だが思うような成果が出せず、研究は頓挫。その研究が60年代に日本に引き継がれた。
京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)を中心に研究が進展。同実験所の鈴木実教授は「研究を束ねるハブとして、関連する技術シーズを積み上げてきた」と振り返る。
ホウ素化合物の開発や中性子ビームの品質向上が実用化を後押しした。同実験所の研究用原子炉で500例を超える治療実績がある。
従来、中性子の発生には大型の研究炉が必要だった。住友重機械工業が小型のBNCT用加速器(サイクロトロン)を開発し、民間の医療施設にも設置が可能となった。
12年からは同実験所と住友重機械、ホウ素薬剤を手がけるステラファーマ(大阪市中央区)が共同で、同加速器を用いたBNCTの臨床試験を開始。現在、同実験所と南東北BNCT研究センター(福島県郡山市)の2施設で研究が進む。
対象は悪性脳腫瘍と頭頸部(けいぶ)がんで有効性を確認する第2相試験の段階にある。早ければ19年にも薬事承認され、医療としての利用が始まる。
南東北BNCT研究センターの多加髙井良尋センター長は「BNCTはポテンシャルが高い。がん治療のパラダイムシフトが起きる可能性がある」と話す。18年には大阪医科大学(大阪府高槻市)にもBNCTセンターが開設される計画だ。
(文=村上毅)
粒子線治療は粒子を加速した粒子線をがん細胞にピンポイントに照射する治療法だ。照射する粒子は陽子か炭素(重粒子)の2種類で、粒子の種類で陽子線治療か重粒子線治療に分かれる。
一般的な放射線治療はX線などの光子線を照射するが、体の表面部が線量が最も高く、体内深くに行くほど線量が低減する。がん細胞に効果的に線量を照射するには多方向から照射するなど、正常組織への影響を低減することが必要だ。
一方で粒子線は一定の深さで線量が最大になる特性(ブラックピーク)のため、ピークの位置を調整することで「がん細胞に最大の線量を与えることができる」(量子科学技術研究開発機構)。治療効果が高く、周辺の正常組織への影響を低減することも可能だ。
また、従来の放射線はがん細胞の二重らせんの一重鎖を主に切断するのに対し、粒子線は二重鎖を切断する確率が高く、がん細胞に的確にダメージを与えることができる。
年間治療数も約2万人に増加
治療効果の高さから全世界で累計15万人以上が粒子線治療を実施し、年間治療数も約2万人に増加している。
特に陽子線治療は装置を病院内に設置でき、建設コストも重粒子線治療装置に比べて安価。従来のX線治療装置と同様の治療計画を生かせることができるといった利点もあり、施設稼働数は世界60施設を超え、日本や欧米、アジアで施設の建設計画が進む。
重粒子線治療は陽子線治療に比べ治療効果が高い。だが、粒子の質量が重いために扱いにくく、装置が大がかりになり、高い建設コストも課題だった。
そこで量研機構と住友重機械工業、東芝、日立製作所、三菱電機が組み、次世代の重粒子線治療装置の研究が始動した。レーザー技術や超電導コイル技術の導入などで、26年をめどに装置を10分の1に小型化し、建設コストを半減程度にする。
装置名を「量子メス」と名付け、がん治療で主流の手術からの代替を目指す。量研機構の平野俊夫理事長は「量子メスが世界に普及すれば『がん死ゼロ』社会も夢でなくなる」と語る。
中性子とホウ素の反応を利用
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は中性子とホウ素の反応を利用して、がん細胞を内部から破壊する最先端の放射線がん治療法だ。がん細胞のみに集積するホウ素薬剤(BPA)を患者に投与し、ホウ素が集積した患部に中性子を照射する。
中性子は飛距離が細胞一つ分で約10マイクロメートル(マイクロは100万分の1)と短く、細胞単位で選択的に照射することが可能だ。
難治性がんなどにも対応でき、正常細胞への影響がほとんどない。一度に高い線量を照射できるため、照射時間も約30分と短く、照射回数も1―2回と患者への負担も少ないのが特徴だ。
もともと、BNCTの研究は1950年代に米国で始まった。だが思うような成果が出せず、研究は頓挫。その研究が60年代に日本に引き継がれた。
京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)を中心に研究が進展。同実験所の鈴木実教授は「研究を束ねるハブとして、関連する技術シーズを積み上げてきた」と振り返る。
ホウ素化合物の開発や中性子ビームの品質向上が実用化を後押しした。同実験所の研究用原子炉で500例を超える治療実績がある。
従来、中性子の発生には大型の研究炉が必要だった。住友重機械工業が小型のBNCT用加速器(サイクロトロン)を開発し、民間の医療施設にも設置が可能となった。
12年からは同実験所と住友重機械、ホウ素薬剤を手がけるステラファーマ(大阪市中央区)が共同で、同加速器を用いたBNCTの臨床試験を開始。現在、同実験所と南東北BNCT研究センター(福島県郡山市)の2施設で研究が進む。
対象は悪性脳腫瘍と頭頸部(けいぶ)がんで有効性を確認する第2相試験の段階にある。早ければ19年にも薬事承認され、医療としての利用が始まる。
南東北BNCT研究センターの多加髙井良尋センター長は「BNCTはポテンシャルが高い。がん治療のパラダイムシフトが起きる可能性がある」と話す。18年には大阪医科大学(大阪府高槻市)にもBNCTセンターが開設される計画だ。
(文=村上毅)
日刊工業新聞2017年1月1日