アディダスの工場はなぜドイツ国内に戻ってきたのか

実は「人」も重要視するドイツのインダストリー4.0

 「インダストリー4.0」と聞くと、人工知能(AI)やロボット、IoT(モノのインターネット)、3Dプリンター、サイバー・フィジカル・システム(CPS)−−というように、最先端のICTおよび製造技術を駆使しながら、多品種少量生産に対応する効率的な未来型生産・供給システムが頭に浮かびます。

 それだけに、「インダストリー4.0を産業に組み込んでいくには、生産ラインに人を置く、人間中心のアプローチが大事。決して人間の役割を過小評価すべきではない」。インダストリー4.0の実現で重要な役割を果たしているドイツの大学の教授の口から、こうした発言が出てきた時には少し不思議に感じられました。

 ドイツ科学・イノベーションフォーラム東京と、ドイツの主要工科大学9校の大学連合「TU9」が10月末に都内で共同開催したインダストリー4.0のシンポジウムでのこと。発言の主はダルムシュタット工科大学のライナー・アンデアル教授(コンピューター統合デザイン)です。

 そこで休憩時間に同教授を呼び止め、インダストリー4.0でなぜ人間が大事なのか聞いてみたところ、「それは簡単な話で、人間の方がフレキシブルに対応できますからね」という答えが返ってきました。

 加えて、「ドイツでは現在、ワーカーやマネージャーといった人間のデジタル・ツインを提供することが法律では許されていない。だが、それについても社会的な議論が行われていて、遠くない将来に導入されるようになるのではないか」とも見ています。

 ここで「デジタル・ツイン」とは、工場や製品に関わる物理的な情報を、まるで双子(ツイン)のようにそのままデジタルデータとして、リアルタイムに再現すること。それを使って、コンピューター上で現実世界を模したシミュレーションが行えるようになります。

 つまり、生産ラインに配置される人も、生産設備や部品と同じようにデジタル・ツイン化され、その能力や習熟度が生産システムに組み込まれつつ、個人の習熟度やシミュレーション結果などに応じた作業の指示が人間に対してなされるようになるわけです。

 とはいえ、自動化によって現場で働く労働者の絶対数も減るでしょうし、労働組合はこうした動きに反対なのでは? 「その逆です」とアンデアル教授。「結果として企業の競争力が向上し、雇用の確保につながるとみられることから、労働組合も前向きに捉えていますよ」。

 実際、同教授によれば、インダストリー4.0を先取りしたような先端工場によって、アジアからドイツ国内に工場が戻ってきたケースもあるという。そのいい例が、ドイツを本拠地とする世界的なスポーツ用品メーカーのアディダスです。

 同社は20年以上も前にドイツ国内にあった工場を賃金の安いアジア地域に移転し、国内工場をなくしていました。それが、本社に近いバイエルン州アンスバハに、ロボットを導入して自動化を図った「スピードファクトリー」と名付けたスポーツシューズの工場を建設すると2015年12月に発表。

 消費者に近い場所で、消費者の足に合ったオーダーシューズを短期間に効率良く作る最新鋭工場の位置づけで、アジアで手作業に頼っている量産品と差別化を図る戦略のようです。

 アンスバハのスピードファクトリーではすでに約500足の試験生産に入り、2017年に本格生産を始める予定。さらに、今年8月には米アトランタへのスピードファクトリーの設置計画も明らかにしました。こちらでも17年に工場を稼働。米国では初年度5万足という生産目標を掲げながら、160人の雇用につながるとしています。
(文=藤元正)

 

日刊工業新聞電子版2016年11月28日

藤元 正

藤元 正
11月29日
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背景にアジアでの賃金上昇という事情があるにせよ、「インダストリー4.0によって工場の国内回帰が起きる」(アンデアル教授)という側面は見逃せません。
もちろん、そのためにはサポートインダストリーとなる中小企業のレベルアップや労働者の職業訓練が必要になりますが、TU9に代表される大学もそうした役割を担いつつ、社会全体で新しい産業革命を成し遂げようと動き出しています。単に工場の生産システムだけの取り組みでないところに、ドイツのインダストリー4.0に対する周到な戦略が垣間見えます。

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