野口さんと片岡さん「消費増税延期」を語る
見解は対照的だが実質2%、名目3%の成長率は実現可能
26日に開幕する伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)の議論を経て、安倍晋三首相は2017年4月に予定する消費増税の延期の是非を決断するとみられる。世界経済の減速懸念や回復力が鈍い国内消費、さらに熊本地震が日本経済に及ぼす影響も懸念され、自民党内からは増税の2年延期、総額10兆―20兆円の財政出動を求める声も出始めた。増税の有無にかかわらず、政権は経済成長と財政健全化の両立に向けた確かな道筋をつけることが求められる。早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問(一橋大学名誉教授)の野口悠紀雄氏と、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員の片岡剛士氏に、消費増税延期を巡る見解を聞いた。両氏の見解は対照的だが実質2%、名目3%の成長率は実現可能とみる。
―G7が財政出動で政策協調できるかが伊勢志摩サミットの焦点ですが、足並みがそろっていません。
「G7が財政支出を増やしても、世界経済が直面する問題は解決しない。直面する問題とは、これまで世界経済をけん引してきた中国・新興国経済の減速だ。日本と欧州連合(EU)が財政拡大しても問題解決どころか、短期的には対ドルで円高、ユーロ高になる」
「安倍首相は一方で先進諸国に円高是正への理解を求めている。これは財政拡大の要求と明らかに矛盾する。拙速な要求と言わざるを得ない」
―世界経済が直面する問題の解決策は。
「中国の構造改革が進み、新興国経済が“ソフトランディング(軟着陸)”することだ。08年のリーマン・ショック後に世界的な金融緩和が進み、投機資金の流入で新興国の通貨・株価は実体より割高だった。だが米国の金利政策が正常化したことで本来の姿に戻りつつある。“投機時代の終了”に伴う市場の混乱をいかに緩和させるかが重要になる」
―安倍首相は消費増税延期を検討しています。
「個人消費が停滞しているのは実質賃金が伸び悩み、さらに将来の所得への不安があるからだ。消費増税を延期すれば社会保障の財源を手当てできず、将来の所得には不確実性が残る。予定通りに消費増税するべきだ」
「仮に増税延期なら、法人税増税により社会保障財源を賄う必要がある。企業は円安の“他力本願”でこの2―3年、利益を増やしてきた。この増益分を法人増税で吸収する方法だ。社会保障をめぐる将来不安を解消しつつ、確実な所得・雇用増を実現したい」
―安倍政権は2%以上の実質成長率を前提に、財政再建と経済再生を目指しています。
「米国を手本に規制緩和や構造改革を進めれば2%成長は可能だ。政権が既得権益に縛られず、どこまで規制緩和できるかが課題だ。日本の製造業は米アップルがモデルになる。製造過程を海外企業との共同で進める水平分業に移行すれば、コスト競争力を強化できる」
―17年4月に予定されている消費増税の行方をどうみますか。
「G7仙台会議をみても、世界経済に下押し圧力が働いているとの認識はG7に共有化されている。日本の場合、1―3月期の実質国内総生産(GDP)は、うるう年効果を除けばほぼゼロ成長。総需要が総供給より約8兆円少ないデフレギャップの問題があり、麻生太郎財務相も総需要が足りないと仙台会議で発言している。安倍首相は伊勢志摩サミット後に17年4月の消費増税の是非を決断するとみられるが、かなりの確率で増税は延期すると思う。事実上の凍結だ」
「足元のデフレギャップを考えると、8兆円強の財政出動を16年度第2次補正予算で行うべきだ。これより少ない補正だと、名目GDP600兆円の達成を目指す政権の本気度が疑われる」
―消費増税を延期した場合、社会保障費の財源は。
「約8兆円のデフレギャップは、14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げたことが原因だ。同税率を1%引き上げた際の税収増が2兆7000億円だとすると、3%の引き上げで8兆円強の税収が増えた。国民から8兆円強を引き揚げた計算だ。その分、デフレギャップが生じている。デフレ脱却を考えれば、8%の同税率はむしろ5%に戻し、国民に還元するべきだ。だが政権は税率引き下げはできず、増税延期が精一杯だと思う」
―不足する社会保障費の財源は、増税延期による経済成長の税収増で賄えますか。
「現在8%の消費税率を10%に引き上げると、税収増効果は5兆円強。この消費増税を行わず、8兆円強の財政出動(補正予算編成)を行えば名目3%程度の成長は可能で、5兆円程度の財源は確保できるとみている」
―日本や欧州が財政出動を積極化すれば、対ドルで円高・ユーロ高が進みませんか。
「当然、日本には円高要因になる。だからこそ、日銀の金融緩和継続が大前提となる。米財務省が日本政府にクギを刺しているのは為替介入であり、追加の金融緩和は対象ではない」
(聞き手=神崎正樹)
野口悠紀雄氏「延期なら法人増税必要」
―G7が財政出動で政策協調できるかが伊勢志摩サミットの焦点ですが、足並みがそろっていません。
「G7が財政支出を増やしても、世界経済が直面する問題は解決しない。直面する問題とは、これまで世界経済をけん引してきた中国・新興国経済の減速だ。日本と欧州連合(EU)が財政拡大しても問題解決どころか、短期的には対ドルで円高、ユーロ高になる」
「安倍首相は一方で先進諸国に円高是正への理解を求めている。これは財政拡大の要求と明らかに矛盾する。拙速な要求と言わざるを得ない」
―世界経済が直面する問題の解決策は。
「中国の構造改革が進み、新興国経済が“ソフトランディング(軟着陸)”することだ。08年のリーマン・ショック後に世界的な金融緩和が進み、投機資金の流入で新興国の通貨・株価は実体より割高だった。だが米国の金利政策が正常化したことで本来の姿に戻りつつある。“投機時代の終了”に伴う市場の混乱をいかに緩和させるかが重要になる」
―安倍首相は消費増税延期を検討しています。
「個人消費が停滞しているのは実質賃金が伸び悩み、さらに将来の所得への不安があるからだ。消費増税を延期すれば社会保障の財源を手当てできず、将来の所得には不確実性が残る。予定通りに消費増税するべきだ」
「仮に増税延期なら、法人税増税により社会保障財源を賄う必要がある。企業は円安の“他力本願”でこの2―3年、利益を増やしてきた。この増益分を法人増税で吸収する方法だ。社会保障をめぐる将来不安を解消しつつ、確実な所得・雇用増を実現したい」
―安倍政権は2%以上の実質成長率を前提に、財政再建と経済再生を目指しています。
「米国を手本に規制緩和や構造改革を進めれば2%成長は可能だ。政権が既得権益に縛られず、どこまで規制緩和できるかが課題だ。日本の製造業は米アップルがモデルになる。製造過程を海外企業との共同で進める水平分業に移行すれば、コスト競争力を強化できる」
片岡剛士氏「延期でも5兆円の財源確保」
―17年4月に予定されている消費増税の行方をどうみますか。
「G7仙台会議をみても、世界経済に下押し圧力が働いているとの認識はG7に共有化されている。日本の場合、1―3月期の実質国内総生産(GDP)は、うるう年効果を除けばほぼゼロ成長。総需要が総供給より約8兆円少ないデフレギャップの問題があり、麻生太郎財務相も総需要が足りないと仙台会議で発言している。安倍首相は伊勢志摩サミット後に17年4月の消費増税の是非を決断するとみられるが、かなりの確率で増税は延期すると思う。事実上の凍結だ」
「足元のデフレギャップを考えると、8兆円強の財政出動を16年度第2次補正予算で行うべきだ。これより少ない補正だと、名目GDP600兆円の達成を目指す政権の本気度が疑われる」
―消費増税を延期した場合、社会保障費の財源は。
「約8兆円のデフレギャップは、14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げたことが原因だ。同税率を1%引き上げた際の税収増が2兆7000億円だとすると、3%の引き上げで8兆円強の税収が増えた。国民から8兆円強を引き揚げた計算だ。その分、デフレギャップが生じている。デフレ脱却を考えれば、8%の同税率はむしろ5%に戻し、国民に還元するべきだ。だが政権は税率引き下げはできず、増税延期が精一杯だと思う」
―不足する社会保障費の財源は、増税延期による経済成長の税収増で賄えますか。
「現在8%の消費税率を10%に引き上げると、税収増効果は5兆円強。この消費増税を行わず、8兆円強の財政出動(補正予算編成)を行えば名目3%程度の成長は可能で、5兆円程度の財源は確保できるとみている」
―日本や欧州が財政出動を積極化すれば、対ドルで円高・ユーロ高が進みませんか。
「当然、日本には円高要因になる。だからこそ、日銀の金融緩和継続が大前提となる。米財務省が日本政府にクギを刺しているのは為替介入であり、追加の金融緩和は対象ではない」
(聞き手=神崎正樹)
日刊工業新聞2016年5月26日