《知財を考える#02》"下町ロケット弁護士”が説く地方創生と中小企業
文=鮫島正洋(内田・鮫島法律事務所・弁護士/弁理士)独自製品で勝負するために
安倍晋三政権における経済政策「アベノミクス」下で“地方創生”を実現する主体として、わが国は中小・ベンチャー企業に焦点を当てている。地方創生は観光、福祉、教育など、あらゆる分野におけるスローガン的なキーワードであるが、地方に存在するモノづくりや匠の技も地方創生の一分野であることは明らかである。ここではこうした背景の中で、中小企業が独自製品を生み出すために必要となる知財戦略のあり方について考察する。
アベノミクスを規定する文書である日本再興戦略2015では、「中堅・中小企業・小規模事業者の『稼ぐ力』の徹底強化」という各論において以下のように論じられている。
これまで地域経済を支えてきたのは、中堅・中小企業・小規模事業者である。地域に根ざし、雇用の受け皿を提供してきた。しかしながら、これらの事業者にも変革の大波が押し寄せている。
地域に根ざした事業者であればあるほど、人口減少・少子高齢化による需要の減少と人手不足により、需給両面からそもそもの存立基盤が脅かされつつある。大企業の国際競争激化のあおりも大きく、大企業と下請けという従来の系列取り引き関係等も崩れつつある。ポイントは、「自力」での市場開拓への挑戦である。
つまり、地方創生の主体である「中堅・中小企業」などは、従来のような大企業の下請け依存では立ちゆかないから、自力で市場開拓をせよ(=独自製品で勝負せよ)と明確に述べているのである。大企業の下請けに求められるものは、大企業の仕様と納期どおりに、安く、良質な製品を製造する能力であったが、独自製品で勝負となったとたん、別の要素が必要となる。
それが知財である。独自製品を出すということは、その製品が良ければ良いほど売れ、売れれば売れるほど模倣品が発生したり、他社による市場参入が生じる確率が高くなったりするからだ。
せっかく築き上げたマーケットのシェアが模倣品や他社参入によって奪われてしまえば、投資回収が難しくなる。これを予防するのが知財への投資であり、ゆえに地方創生の下、中小企業の知財戦略が重視されることになったのである。
この流れを受けて、知財戦略を規定する最高位の文書である「知的財産推進計画2015」では、中小企業の知財戦略が最重点施策三つのトップに位置づけられた。2004年から中小企業の知財施策に関与してきた筆者としては、感無量ともいえる政策の変化である。
それでは、中小企業が独自製品を生み出すことでニッチトップの道を歩むためのマーケティングはどうあるべきか。もちろん、その中小企業における技術力で「アプローチ可能なマーケット」に参入することが前提となるが、それだけではない。「比較的小規模で、数多くの先行特許が存在しないマーケット」を見極め、選択することが重要である。
この考え方について、縦軸に「素子」、横軸に「機能」をプロットし、それぞれの特許件数(z軸)を描いた特許分析チャート(図)を参照しつつ説明していく。
チャートの中で「素子D」については、機能Bを筆頭に累計で5000件近く、多くの特許出願がなされている。これは各社が積極的に開発投資している(=大きな規模の市場がある)ということを示す。大きな市場は一見魅力的に思えるが、中小企業の場合は市場規模に惹かれてはならない。大きな市場に参入すれば、必ず大企業との競争が生じ、中小企業にとって厳しい体力勝負になるからだ。
他方、特許出願が少ない「素子A」は、各社ともほとんど開発投資をしていない(=市場が小さい)ということを意味する。同時に、先行特許がない「素子A」には、広い特許権を取得できる可能性がある。
この(市場が小さい=ニッチ×(広い特許を取得できる可能性がある)という二つの条件を備えるマーケットは小さすぎて大企業の参入対象とはならないし、競合となるであろう中小企業に対しては、広い特許を取得して参入を排除すれば良いからである。これが小さなマーケットのトップシェア、つまり「ニッチトップ」への早道である。
小さい市場だから、その規模は10億円程度かもしれない。しかし年商5億円の中小企業が10億円の新市場のニッチトップになれたら・・・それは年商の倍増・3倍増にもつながることを意味する。全国津々浦々、中小企業がこれを実現したら、その業績は飛躍的に向上する。これが「ものづくり企業による地方創生」のメカニズムなのである。
<略歴>
鮫島正洋(さめじま・まさひろ)1985年藤倉電線(現フジクラ)入社。在籍中に弁理士資格取得。92年日本IBM知財部門に移り、96年に弁護士に。2004年内田・鮫島法律事務所開設。小説『下町ロケット』に登場した弁護士のモデルでもある。>
アベノミクスを規定する文書である日本再興戦略2015では、「中堅・中小企業・小規模事業者の『稼ぐ力』の徹底強化」という各論において以下のように論じられている。
これまで地域経済を支えてきたのは、中堅・中小企業・小規模事業者である。地域に根ざし、雇用の受け皿を提供してきた。しかしながら、これらの事業者にも変革の大波が押し寄せている。
地域に根ざした事業者であればあるほど、人口減少・少子高齢化による需要の減少と人手不足により、需給両面からそもそもの存立基盤が脅かされつつある。大企業の国際競争激化のあおりも大きく、大企業と下請けという従来の系列取り引き関係等も崩れつつある。ポイントは、「自力」での市場開拓への挑戦である。
つまり、地方創生の主体である「中堅・中小企業」などは、従来のような大企業の下請け依存では立ちゆかないから、自力で市場開拓をせよ(=独自製品で勝負せよ)と明確に述べているのである。大企業の下請けに求められるものは、大企業の仕様と納期どおりに、安く、良質な製品を製造する能力であったが、独自製品で勝負となったとたん、別の要素が必要となる。
それが知財である。独自製品を出すということは、その製品が良ければ良いほど売れ、売れれば売れるほど模倣品が発生したり、他社による市場参入が生じる確率が高くなったりするからだ。
せっかく築き上げたマーケットのシェアが模倣品や他社参入によって奪われてしまえば、投資回収が難しくなる。これを予防するのが知財への投資であり、ゆえに地方創生の下、中小企業の知財戦略が重視されることになったのである。
この流れを受けて、知財戦略を規定する最高位の文書である「知的財産推進計画2015」では、中小企業の知財戦略が最重点施策三つのトップに位置づけられた。2004年から中小企業の知財施策に関与してきた筆者としては、感無量ともいえる政策の変化である。
小規模市場でトップになる
それでは、中小企業が独自製品を生み出すことでニッチトップの道を歩むためのマーケティングはどうあるべきか。もちろん、その中小企業における技術力で「アプローチ可能なマーケット」に参入することが前提となるが、それだけではない。「比較的小規模で、数多くの先行特許が存在しないマーケット」を見極め、選択することが重要である。
この考え方について、縦軸に「素子」、横軸に「機能」をプロットし、それぞれの特許件数(z軸)を描いた特許分析チャート(図)を参照しつつ説明していく。
チャートの中で「素子D」については、機能Bを筆頭に累計で5000件近く、多くの特許出願がなされている。これは各社が積極的に開発投資している(=大きな規模の市場がある)ということを示す。大きな市場は一見魅力的に思えるが、中小企業の場合は市場規模に惹かれてはならない。大きな市場に参入すれば、必ず大企業との競争が生じ、中小企業にとって厳しい体力勝負になるからだ。
他方、特許出願が少ない「素子A」は、各社ともほとんど開発投資をしていない(=市場が小さい)ということを意味する。同時に、先行特許がない「素子A」には、広い特許権を取得できる可能性がある。
この(市場が小さい=ニッチ×(広い特許を取得できる可能性がある)という二つの条件を備えるマーケットは小さすぎて大企業の参入対象とはならないし、競合となるであろう中小企業に対しては、広い特許を取得して参入を排除すれば良いからである。これが小さなマーケットのトップシェア、つまり「ニッチトップ」への早道である。
小さい市場だから、その規模は10億円程度かもしれない。しかし年商5億円の中小企業が10億円の新市場のニッチトップになれたら・・・それは年商の倍増・3倍増にもつながることを意味する。全国津々浦々、中小企業がこれを実現したら、その業績は飛躍的に向上する。これが「ものづくり企業による地方創生」のメカニズムなのである。
鮫島正洋(さめじま・まさひろ)1985年藤倉電線(現フジクラ)入社。在籍中に弁理士資格取得。92年日本IBM知財部門に移り、96年に弁護士に。2004年内田・鮫島法律事務所開設。小説『下町ロケット』に登場した弁護士のモデルでもある。>
日刊工業新聞4月18日付「発明の日・企画特集」