「20世紀の20人」に選ばれた唯一の日本人、もうひとりのソニー創業者

井深大との名コンビで世界企業に育てあげた盛田昭夫

 1998年12月。米タイム誌が選んだ「20世紀の20人」の中で唯一、日本人として選ばれた人物がいる。井深大とともにソニーを創業し、「米国で最も有名な日本人」と知られた盛田昭夫だ。日本を代表する国際派経済人である。

 技術の井深、営業の盛田という両輪で世界企業に躍り出たソニー。”世界のセールスマン“と呼ばれた盛田のすごさは、自ら世界市場を開拓したことだ。

 商社を活用し、世界にアクセスすることが当たり前とされた時代において、盛田が考えたのは自社の販売ネットワークの確立。「信用」を重視し、自ら販売網を構築した。欧米を飛び回ることをいとわず、「長距離通勤」と言って楽しんだ。

 白髪でスマートな盛田は、「日本的なものと西洋のスタイルが溶け合っている」と評された。しかし最大の懸案事項の日米貿易摩擦には心を痛めた。

 強硬な米国側を批判するのではなく、日本側の対応にも注文をつけた。言葉だけでなく文化や慣習を理解する必要性を指摘、「米国の日本企業は、現地に溶け込む努力が必要。コミュニティー・サービスを怠ってはいけない」。”グローバル・ローカライゼーション“を説き続けた。

 93年11月、テニス中に倒れた。くしくもその日は、経団連会長の平岩外四から後任を託される日だったと言われている。幻の「盛田経団連」を惜しむ声は今も絶えない。
(敬称略)

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日刊工業新聞2016年3月25日「近代日本の産業人」
日刊工業新聞社電子版

明 豊

明 豊
03月25日
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盛田さんの伝記、逸話はいろいろな本などで紹介されている。実家が酒蔵というのも有名な話。盛田氏が友人知人に実家の酒「清酒ねのひ」を味わってもらいたいと1969年に銀座で開店したのが「ねのひ寮」。今は「蔵人厨ねのひ」に名前を変え、東京や名古屋などに何店舗かお店がある。盛田さんに直接お会いする機会は一度もなかったが、たまに東京・丸の内のお店に行くと、それだけでちょっと気持ちが高ぶる。

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