「下町ボブスレー」五輪の夢、諦めない

海外チームによる採用目指し再始動

 2018年平昌(ピョンチャン)冬季五輪で、日本代表チームが公式ソリに採用しないことを決めた「下町ボブスレー」。東京都大田区の町工場経営者らで組織する「下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会」は、冬季五輪への挑戦を諦めてはいない。今度は海外チームによる採用を目指し、厳しい戦いを続けている。

 20日に長野市で行われた全日本ボブスレー選手権大会に、「下町ボブスレー」の1号機と5号機が出走した。結果は5号機が4位、1号機は横転と振るわなかった。海外チームの採用を目指す同委員会にとっては、苦しい再始動となった。

 日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟は11月18日、下町ボブスレーを公式ソリとして採用しないと発表した。これを受けて同委員会は平昌冬季五輪を目指し海外チームに採用を働きかけると発表。同時にゼネラルマネージャの細貝淳一マテリアル社長は「全日本ボブスレー選手権には予定通り出場する」と宣言していた。

 同選手権までの準備期間は約1カ月。短い期間で選手の決定からソリの調整まで行わなければならなかった。下町ボブスレーに乗りたいと名乗りを上げたのは中村一裕選手と三上大輝選手。2台の出走が決まった。

 出走数日前、練習でソリに乗った三上選手から5号機はハンドルの戻りが悪いと指摘があった。そこで急きょハンドル先端部分の部品を製造して取り換えた。中村選手も3号機で出走予定だったがソリの大きさが体に合わず、直前に1号機での出走に切り替えた。

 最善を尽くしたが、結果は三上選手が乗った5号機は4位で、中村選手が乗った1号機は横転。下町ボブスレーとしては、全日本選手権で初めて男女通じて表彰台を逃す結果となった。委員長の舟久保利和昭和製作所社長は「中村選手とブレーカーの森田翔平選手が無事でよかった。改良は続く。やれることをやるしかない」と悔しさをにじませた。

 ただ、明確にソリの性能が否定されたわけではない。下町ボブスレーの公式戦滑走本数は5台合わせて30本以下。絶対的に経験不足なのだ。國廣愛彦フルハートジャパン社長は「経験がないのなら、経験を積めばいいだけの話」と前向きで、明るい笑顔を見せる。

 また直前に部品の不具合があっても修正が可能なのはモノづくりの集積地、大田区ならでは。副委員長の西村修エース社長は「毎回のこと。たいしたことじゃない」と笑うが、日々短納期に対応している大田区の町工場の底力を感じさせる。

 苦難が続く同プロジェクトだが、本当の戦いはこれから。諦めずに走り続ける。

(文=門脇花梨)

日刊工業新聞2015年12月24日 中小企業・地域経済面
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斉藤 陽一

斉藤 陽一
12月25日
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