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「AirBnB」も取り込めなかったゲイ顧客向け民泊サービス

文=尼口友厚(ネットコンシェルジェ CEO)「misterbnb」はニッチ戦略の重要性を再認識させてくれた
 今日本で、個人のアパートや家の部屋を短期で貸し出すマーケットプレイスサイトのAirBnBを運用する人が増えているようだ。2008年に米国で設立されたAirBnBは、現在は世界190カ国で利用され、掲載されている部屋も150万にのぼっている。

 ただ、そんな無敵に思えるAirBnBでも拾えきれていない顧客層があるようだ。それが同性愛者だ。同性愛者の人たちがAirBnBを始めとする一般的な民泊サービスを利用すると気分の悪い思いを良くするようだ。

 そこに目をつけたのがゲイの旅行者を対象とした民泊サービス「misterbnb」だ。https://www.misterbnb.com/2013年にフランスのパリにおいて設立されると、2015年には米国のベンチャーキャピタルの500 Startupsの対象とするスタートアップとして選出され、同年5月に200万ドル(約2億4000万円)の投資を受けた。

 現在では130カ国以上の国に2万5000以上のホストを擁するまでとなっており、2015年度の売上は400万ドル(約4億8000万円)になる見通しだ。

旅行中に利用したシェアアパートのホストからゲイであることを理由に差別された


 創業者のMatthieu Jost(ジョスト)氏はフランスのパリにある広報・PR職を養成する学校、EFAP(École Française des Attachés de presse)を2005年に卒業した人物。その後はWebマーケティングの会社のセールスを経て、企業向けのマーケティグやコンテンツ制作を行う会社を起業しマーケッターとしてのキャリアを積んだ。

 また自身がゲイでもあることもあって旅をテーマにしたゲイの男性向けのWebマガジンMygaytripも手掛けていた同氏は、2011年のバルセロナへの旅行でパートナーの男性とともにシェアアパートを予約した。しかし、ホストの女性は明らかにゲイを泊めることを快く感じておらず、「あなたたち同じベッドで一緒に寝るつもりなの?」という質問してきたという。

 バルセロナに限らず、パートナーの男性と旅行していて部屋のホストがゲイの自分たちを快く受け入れてくれないという経験は幾度となくあった。こうした経験は、ホストが不快に感じたように、ジョスト氏たち自身も決して良い気分ではない。

 そこでゲイによるゲイのための部屋の短期レンタルサービスを考案。そのサービスでは安全で快適であるのはもちろんのこと、ゲイの人同士を結びつけるコミュニティをつくる必要があることを明確にしたいと考えた。

 2013年の春にはフランスの短期レンタルサービスのSejouringの創業者のJulien Delon(デロン)氏と共に、ゲイのための部屋の短期レンタルサービスである「misterbnb」を開始。当初は世界95カ国に5000の部屋を提供するサービスとしてスタートした。同年にはブランドイメージ形成のためにゲイモデルのJohan Akan氏を広告モデルとして起用したという。

ゲイの男性のためのAirBnB


 misterbnbはゲイの旅行者を対象に快適に宿泊できることを支援するゲイのためのAirBnBで、ゲストだけではなくホストにもゲイが多い。ただし「ゲイに対する偏見を持っていない人」が前提なだけで、ホスト・ゲストともに利用者をゲイに限定はしているわけではないようだ。

 サービスの使い方はAirBnBなどの部屋を短期で貸し出すマーケットプレイスサイトと同じで、旅行する場所、チェック・インとチェック・アウトの日時、ゲストの数を入力すればOK。

 入力後は旅行先の近くに登録しているホストの一覧が表示される。たとえばパリであれば、合計1100人以上のホストがいるようだ。また個々のホストのページでは部屋の値段と写真、周辺地図、自己紹介、設備、近所の見どころ、部屋のルール、質問へのレスポンス率、過去に宿泊したゲストのレビューなどを見ることができる。

 部屋に泊まりたい場合は、空きがあるか聞くためのリクエストや質問を送ることができる。リクエストが承認されれば部屋の代金がクレジットカードで決済されるというしくみだ。

「民泊」が市民権を得たことが最大の成功要因


 misterbnbはAirBnBと競合すらしていないという見方もあるようだ。それは、多くのmisterbnbホストが、他社サービスでは部屋を貸していないという事実が背景にある。たとえば本拠地のパリでは、68%のmisterbnbホストが他のマーケットプレイスを利用しておらず、misterbnbにのみ部屋を掲載している。むしろ、AirBnBによって「民泊」が市民権を得たことが、misterbnbの成功の最大要因であるとも考えられる。

 eコマースの世界でも同じことが言える。小売業者にとって巨大な敵でもあるAmazonは、まちがいなく世界に「ネット通販」を浸透させた。Amazonがなければネット通販に手を出さなかった消費者も多かったに違いない。しかし、その巨体ゆえに拾えないニーズも多くなってきている。

 misterbnbは顧客層をゲイに絞ることで、AirBnBが取れなかったニーズを拾い取った。あなたも、巨大なAmazonでは入れない隙間に手を伸ばしてニーズが拾うことができるはずだ。misterbnbはニッチ(隙間)戦略の重要性を再認識させてくれる事例の一つと言えるだろう。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
スタートアップ・ベンチャーのビジネスモデルもLGBTを対象に置き換えると、スケールは抜きにニッチとしてかなりのサービスが成立するのではないか。

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