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日立は日本史上最強のベンチャーか!?

起業家「小平浪平」が今に伝えるもの
日立は日本史上最強のベンチャーか!?

小平浪平氏

 「あの激動の時代に、ベンチャー企業として産業を興したことは称賛に値する。今も日立の精神的支柱であり、わたしを含めて全社員が尊敬の念を抱いている」―。日立製作所の創業者である小平浪平。最強のベンチャーの旗手を現会長の中西宏明はこうたたえる。

 多くの日本企業が欧米の技術に頼り、近代化を模索した20世紀初頭。若き技師だった小平だけは全く異なるスタイルを貫いた。欧米の模倣を嫌い、自主技術、国産技術に執着。数々の失敗を繰り返しながらも、自らの夢と可能性を信じた。小平の「独立独歩」の精神は、国産初の5馬力電動機(モーター)の開発に結びつき、技術の日立のDNAとなる。

 日立設立から15年後の1935年。小平は新入社員に対し、こう訓示した。「日本の機械工業を進展させて、日本の隆々たる国運にそっていきたい」「社会の仕事とは、金儲けばかりやっているのではない」。優れた自主技術や製品の開発を通じて、社会に貢献する必要性を説いたものである。これが現在も受け継がれる“日立の精神”に他ならない。

 小平が唱えた基本方針から80年。今年の入社式で社長の東原敏昭は、「歴史の中で社員に培われたものが『和』『誠』『開拓者精神』の日立創業の精神。大切に受け継がれている」とのメッセージを送っている。小平のスピリッツは、グローバルに挑戦するという高い志として、今も日立グループに生き続けている。
(敬称略)

これからの100年も社会インフラを豊にすることに情熱を注ぐ


「ひと目でわかる!日立製作所」から抜粋


 非売品だが創業100年の2010年に発行された「開拓者たちの挑戦-日立100年の歩み-」という社史がある。これを読むと、創業以来、「お国のため」とインフラ整備に力を注いできた歴史がよく分かる。日立はかつて「野武士の日立」と呼ばれた。独自技術と品質にこだわり、市場にこびない、事業において他社と提携しない-いくつかの理由からそう言われるようになった。しかし今、彼らを野武士と呼ぶ人はいない。

 もちろん、良い意味でも悪い意味でも変わっていない部分はある。川村隆前会長は今でも「落ち穂拾い」の心得を説く。拾うとは失敗にちゃんと向き合い、その原因を突き止め、その後に役立てること。創業者の小平浪平から面々と受け継がれてきたものだ。失敗とイノベーションが対であることは産業史が証明している。

 世界には創業200年を超える会社が7000社以上あると言われている。うち4割が日本企業。世界でも有数の長寿企業大国である。そして長寿企業の8割に社是、社訓があるという。小平浪平はソニーの井深大氏やパナソニックの松下幸之助氏のようなカリスマ創業者ではなく知名度も低い。そして経営の世襲を認めなかった。歴代の社長も創業家をより所にする経営をしてこなかった。しかし今後、事業がグローバル化すればするほど、社是やビジョンの共有が重要になる。

 創業者精神とはベンチャー精神である。規模が大きくなろうとベンチャー精神を持ち続けることは可能だ。ディー・エヌ・エー創業者の南場智子さんの解説がなかなか興味深い。「会社の資産は人だけ。優秀な人材をつなぎとめるカギは徹底した権限委譲」という。そして、その会社で働く理由は人それぞれで、技術が好きな人、アイデアを実現したい人、社風が好きな人。「そのような多様な個々人が、自分がこの会社の最後のとりでだという意識を持つ。そうすれば全員が球の表面積を担うことになる。面積(会社の規模)は小さくても表に変わりはない」。日立もモノカルチャーとは対極な多様性が強みだ。

 時代の変わり目は、「企業とは何か」という問い盛んになる。最近は世のためになりたいという社会起業家が増えているが、一般企業も最終的には自社の事業が社会や人に役立っているかで、永続できるかが決まる。日立はこれからの100年も社会インフラを豊にすることに情熱を注ぐのだろう。
日刊工業新聞2015年08月21日 4面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
その企業のカルチャーを作っているのが何かといえば、やっぱり創業者の精神が一番大きいと思う。それが組織に色濃く反映されていくのは良くも悪くも「人事」だと思っている。どこの企業も人事部の権力は絶大だ。もちろん企業が大きくなるにつれ、歴史を積み重ねるほど人事制度は体系化され、硬直化していく。今もディー・エヌ・エーでは南場さんが採用、さらには新卒の人事に直接関わっている理由がよくわかる。日立がもう一度“ベンチャー精神”なるものを蘇させるとしたら、人事がカギになる。確かに取締役会などは大きく改革され、ようやく人事制度の見直しに着手した。会社が変わったと実感するには、今の部長・副部長クラスが会社から去る10年後だろう。

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