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「移民なしでアップルは存在しなかった」(ティム・クックCEO)

トランプ政権の移民制限で米IT企業の将来は?
 テロ対策か、自国民の雇用か、はたまた多様性によるイノベーションか一。

 米国のトランプ大統領が27日、テロ対策強化を目的として、難民やイスラム教徒が多数を占めるシリア、イラク、イランなど7カ国からの移民の受け入れを停止・制限する大統領令に署名したことに、米国内外で反発と混乱が広がっています。

 特に、世界中から多様な人材を受け入れ、イノベーションを生み出しているアップル、グーグル、フェイスブック、マイクロソフトなどのIT企業は一斉に猛反発。アップルのティム・クックCEOは社員に宛てたメールで、「移民なしでアップルは存在しなかっただろうし、それどころか現在のような繁栄もイノベーションを起こすこともできなかっただろう」と述べ、大統領令は「我々が支持する政策ではない」と強く批判しています。

「米国は移民に対してオープンであり続けるべきだ」(マーク・ザッカーバーグ)


 フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOも、自分と妻のプリシラさんが移民の末裔であることを引き合いに出しつつ、「米国は移民に対してオープンであり続けるべきだ」と、自身のフェイスブックに投稿しました。また、アルファベット傘下のグーグルのスンダー・ピチャイCEOは、今回の大統領令によって、同社の100人以上の社員に直接的な影響が出ることを社員宛てのメッセージで明らかにしました。

 確かに世界をリードする米国のIT大手は、世界中から優秀な人材を惹きつけ、それらさまざまなバックグラウンドを持った多様な人材が新たなイノベーションを生む原動力となっています。

 経営者でも、アップルの共同創業者であるスティーブ・ジョブズ氏の実の父親がシリア出身というのはよく知られていますし、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOとグーグルのピチャイCEOはいずれもインド生まれ。グーグルの共同創業者の一人、サーゲイ・ブリン氏は旧ソ連出身で6歳の時に家族で米国に移住しました。

 こうした超優良企業は米国のGDPに大きく貢献していますが、トランプ大統領としてはそうした状況に満足しているわけではなさそうです。シリコンバレーは民主党支持者が多く、大統領選でのしこりも残っていますし、トランプ大統領はとりわけ、米国人の雇用の面でIT企業に注文をつけています。

10万人の新規雇用を打ち出したアマゾン


 20日の就任演説でも「米国第一」を繰り返しつつ、「私たちが守るのは二つの単純なルールであり、それは米国製品を購入することと、米国人を雇用するということだ」と高らかに宣言しました。

 ただ、そもそも米国が世界を引っ張るITやバイオといったハイテク産業は、自動車などの組み立て産業と違って雇用吸収力に乏しく、必要とされる人材も高学歴になりがち。まず、ここに誤解とミスマッチがあります。

 トランプ政権を熱烈に支持しているのは、製造業が廃れて雇用が失われた、中西部と大西洋岸中部地域にかけての「ラストベルト(錆び付いた工業地帯)」に代表される低所得層や、既得権層に配慮した政治に飽き飽きし、自分たちの雇用もいずれ奪われるのでは、という怒りや不満を募らせた白人中間層だと言われています。

 シリコンバレーの超優良IT企業では、従業員の送迎バスや掃除、設備管理、警備、社内食堂といった雇用の口はあるにしても、モノづくり企業が少なく、一般労働者の大量採用の受け皿にはなりにくいでしょう。

 中にはシアトルに本社を置くアマゾンのように、大統領のご機嫌を損ねないためか、10万人の新規雇用を打ち出したところもありますが、同社の場合、ネット通販が好調で自前の配送センターを次々に開設しているため、他のIT大手に比べて一般ワーカーの雇用を生み出しやすい特色があります。

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日刊工業新聞電子版2017年1月30日
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
だからこそ、製造業やサービス産業の振興、それにインフラ投資で雇用を生み出しつつ、できるだけ移民を受け入れて多様性を確保し、社会の分断を修復するマルチの折衷案で臨むというのが、労力はいるものの、現実的な対応かと思われます。 とはいえ、物事を分かりやすく単純化し、政策も取引(ディール)で進めるトランプ大統領の頭の中に、こうした希望を与える将来計画は残念ながら、存在していないようです。

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