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【囲碁棋士×AI棋士#03】Zen開発者、称賛するようなことはしてくれるな

加藤英樹氏に聞く「在野研究の振興より先にやるべきことがある」
【囲碁棋士×AI棋士#03】Zen開発者、称賛するようなことはしてくれるな

加藤氏

 ゲームの世界で人工知能(AI)が台頭している。すでに人間を圧倒するジャンルもあり、人間と技術の関係に新たな問いを投げかけている。囲碁電脳戦で趙治勲名誉名人と熱戦を繰り広げた「DeepZenGo」開発チーム代表の加藤英樹氏に聞いた。

 ―AIは棋士に勝るのでしょうか。
 「ハンディが4子、3子と減っていって、その流れでプロにも勝てるようになってきた。将棋AIの台頭もあり、まだ囲碁はAIが勝っていなかったのかという反応の方が多い。一般に計算スピードなどコンピューターが人間に優れるのは当たり前だ。日本ではAIが人間の敵として描かれていないことも大きい。鉄腕アトムのイメージがある。畏怖が先行する欧米とは違う」

 ―AIはどのような役割を担うのでしょうか?
 「人間社会に対する技術者の役割は二つ。人間のエキスパートの力を伸ばすお手伝いをすることと、エキスパートの仕事を普通の人でもできるよう支援して広げることだ。囲碁AIも同様だ。棋士の勉強、囲碁の普及に貢献したい」

 「いまは棋士を超えたとAIが持ち上げられているが、人間はAIから学び成長する。棋士も若手が勉強にAIを使ってくれるようになっている。人間が世代間で継承できないことは、AIが棋譜を学習して対局することで継承を手伝えるかもしれない。強くなりたければ、自分より強い相手と打つことが基本だ。これは人間でもAIでも変わらない。我々は棋士に勝って終わりではない。関係は変わらず続いていく」

 ―とはいえ、勝負の世界です。
 「打てばどちらかは必ず負ける。よくないのは負けを恐れて打たないことだ。だが棋士は碁の神様がいれば、4子を置いてでも打ってもらいたいという人たちだ。対局後も暇つぶしに碁を打つ。上を目指していて、横からAIが入ってきたら、そこから学ぶ。将棋は相手を倒すゲームで、人に合わせて戦術を変える。対して囲碁は勝ち負け以上に、最善の一手を目指す。気質が違うのかもしれない」

データは量より質が問題


 ―碁のように世界を完璧にシミュレーションでき、大量のデータがあれば人工知能(AI)は強くなれます。(互いに手の内がわかる)完全情報ゲームの次は。

 「量もあるが、データは質が問題だ。機械学習の報酬系を組むためにターゲットも明確な必要がある。囲碁は終局まで200手ほど。ゲームの複雑さはこれが限度ではないか。これ以上はシミュレーションしきれない。碁は10の30乗や50乗の分岐があるとはいえ、この手にはあの手、という手が続くため、プロの打つ手は平均で2―3手に絞られる。おかげで統計誤差が小さくなった。この絞り込みに深層学習用の大量の棋譜が必要だった」

 「完全情報ゲームの次は、ポーカーや花札、マージャンなど(相手の手の内がわからない)不完全情報ゲームや複数を相手にするマルチプレーヤーゲームが候補。ただプレーヤーが2人から3人になると分岐が膨大に増える。環境が複雑になれば、簡単に組み合わせ爆発を起こす。情報量はそろそろ限界ではないか。米グーグル・ディープマインドのスタークラフト(リアルタイムストラテジーゲーム)は面白いが、膨大な計算資源が必要なAIが実現しても、喜ぶのは米国のIT巨人だけになってしまう」

 ―AIはどうなっていきますか?
 「IBMワトソンがクイズ番組で勝ったのは、ボーナスチャンスを有効に使ったからと聞いている。実は正答率は人間ととんとん。ボーナスチャンスがランダムではなく、偏りがあることをIBMは見つけ、傾向をモジュールとして組み込んだ。本当の能力は人間と同程度でも、他の部分で人間に勝り、相手を下している。AIは記憶容量や高速応答、24時間稼働の耐久力など人間を補う形で実用化されていくだろう」

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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
アルファ碁の登場まで、囲碁AIは手弁当で開発が進められてきました。日本に限らず世界的に大学の研究者や在野の技術者が個人ベースで研究していました。加藤先生は在野の研究者で尾島先生と、棋士の方々に協力してもらいながらコツコツAIを育ててきました。企業や大学に所属していなくても腕次第でここまでやれると示しつつ、その大変さが身に染みていて「我々を称賛するようなことはしてくれるな。在野研究を人に勧めてはダメだ」と釘を刺します。それでも日本の在野研究者の厚みが、すぐには儲からない科学や技術を支えているのだと思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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