iPS細胞の作製発表から10年、きめ細かな支援体制が研究後押し

知財戦略や海外との人材交流、寄付のための基金設立など

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iPS細胞の作製を初めて報告した2006年8月25日の論文(Cell提供)
 京都大学の山中伸弥教授らがマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功し、その論文が2006年8月10日の米生命科学専門誌『セル』電子版に発表されてから、丸10年を迎えました(プリント版掲載は同25日)。これまでを振り返ると、わずか10年という短い期間での研究の進展にまず驚かされます。それには、研究者の日夜の努力もあるのでしょうが、それを陰で支える、きめ細かな支援体制の存在も見逃せません。

 iPS細胞については、マウスでの成果発表の翌年、2007年11月に、やはり山中教授らによってヒトiPS細胞の作製が発表され、2014年には網膜の難病である加齢黄斑変性を対象にした世界初の臨床研究が理化学研究所で始まりました。さらに、他人の細胞を使って効率よく低コストで細胞移植ができるよう、「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」も進められています。再生医療以外でも、iPS細胞が無限に増える能力を利用して、患者のiPS細胞から作った細胞に化合物を作用させ創薬につなげる研究や、難病患者のiPS細胞をもとに病態や治療法の解明に取り組むなど、日本を中心に世界各国で研究が進んでいます。

 「日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備」。これは山中教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)が2030年を達成期限とした四つのビジョンのうちの一つ。ほかの三つは再生医療や創薬、新たな生命科学と医療についての目標をうたっています。土台となる研究環境の整備をわざわざ目標に盛り込んだのは、裏返せば、それだけ日本の研究環境が遅れていたことを示すのでしょう。

 山中教授は米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の関連研究機関であるグラッドストーン研究所に研究室を持っていることから、同研究所を参考に米国の研究環境の優れた部分をCiRAに採り入れています。例えば、違う研究グループが交流できるよう壁をなくしたオープンラボを設置したり、日本の研究所では珍しく、知的財産や広報の専門家を雇い入れたりしています。

 実際、iPS細胞と同じような多能性幹細胞の知財(特許)をめぐっては、外資系企業の日本人研究者による特許が米バイオベンチャーの手に渡っていた時期がありました。そのままだと、特許係争がいずれ持ち上がる恐れがありましたが、京大側が無償で当該特許権の譲渡を受け、権利関係が整理されたことで、研究者らが安心して研究に打ち込めるようになりました。派手に騒がれる研究成果に比べれば地味かもしれませんが、こうした功績はかなり大きいと思われます。
《続きは日刊工業新聞電子版でご覧になれます》

2016年8月22日付電子版「デジタル編集部から(8)」

COMMENT

藤元正
モノづくり日本会議実行委員会
委員長

2年ほど前に山中教授の講演会に行った時のこと。講演後のQ&Aセッションで確かALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者の方が、「自分を山中先生の研究室に移してもらって、iPS細胞で治療してほしい」と、介助者を通じて切実に訴えていました。とはいえ、そうした行為は法的には許されません。山中教授は一瞬、言葉に詰まりながらも、「一刻も早く、患者さんのお役に立てるように頑張ります」と答えていました。時間はかかるかもしれませんが、日本発のiPS細胞による難病治療の実現を期待したいです。

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