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アップルの中国・滴滴への10億ドル出資で見えてくるもの

中国政府との関係修復、iPhoneに次ぐ新事業の開拓、そして自動車…
アップルの中国・滴滴への10億ドル出資で見えてくるもの

滴滴のウェブサイトから

 アップルが中国の配車サービス最大手、滴滴出行(ディディチューシン)に10億ドル(1090億円)もの巨額出資を行ったことが13日明らかになった。豊富な手元資金を抱えるアップルにとって10億ドルは大した金額ではない。それより経営の屋台骨を支えるiPhoneの販売に陰りが見えてきた中で、新規サービスをはじめとする事業の多様化や、同社にとって米国に次ぐ巨大市場での市場掘り起こし、中国政府との関係強化など、さまざまな狙いが出資の背景にはあるようだ。

 「今回の投資はいくつかの戦略的な理由があり、その中には中国市場の特定の分野を学ぶ機会を得ることも含まれている。もちろん大きな利益ももたらしてくれると信じている」。アップルのティム・クックCEOはロイター通信にこう話したものの、出資の具体的な目的については明らかにしなかった。

 アップルにとって中国は米国に次ぐ第2の市場だ。2015年度には中国だけで全体の約4分の1に相当する590億ドルを売り上げたが、中国の経済減速に伴い、直近の1−3月期では前年同期に比べ売上高が26%も下落している。

 一方で、ほかの米IT企業に比べれば良好だったアップルと中国政府との関係も、ここに来て雲行きが怪しくなってきている。昨年10月に中国でスタートしたiTunesストアでの書籍(iBooks)や映画(iTunes Movies)の販売について、4月には中国政府当局の要請でサービスの停止に追い込まれた。言論統制や欧米文化の流入規制など政治的な理由が背景にあるものとみられる。さらに「IPHONE」ブランドの皮革製品を販売する中国企業を相手取った裁判でも、中国の高等裁判所は商標侵害を求めるアップルの訴えを退ける判決を下している。

 実は滴滴に対する出資で珍しいのは、相手が中国企業だからという理由もあるだろうが、アップルのこれまでのM&Aと違って完全買収ではない点。アップルの部分的な出資は、ウェブ支援サービスの米アカマイ・テクノロジーズや半導体設計の英イマジネーション・テクノロジーズなどに限られてきた。大方は2014年に30億ドルで買収したヘッドフォン・音楽ストリーミングのビーツ・エレクトロニクスのように、他社に手出しができないよう完全買収し、その技術やサービスを自社の事業に一体化するのが常套手段だった。

 滴滴は同じく配車アプリを使った米ウーバーのライバルとされるが、滴滴の中国での市場シェアは90%近くある。中国市場ではウーバーが押されているものの、競争は過熱状態にある。

 実はその滴滴には中国インターネット大手のアリババ(阿里巴巴集団)やテンセント(騰訊)のほか、中国政府系のファンドも出資する。そのため、米企業であるウーバーのライバルにアップルが巨額出資することで、中国市場での立ち位置を明確にし、WSJが報じているように「中国ビジネスに迎合した」という見方もできる。たぶん、これが最大の動機であることは間違いない。報道によれば、クックCEOが滴滴の経営陣と話し合いを持ったのが4月20日。1カ月にも満たない期間での電光石火での決断が、「早期の関係修復」が大きな理由だったことを物語る。

 ただ、したたかなアップルだけに、もくろみはこれにとどまらないだろう。まず、中国全土で1日に1100万件も配車している滴滴のサービスとの相乗効果だ。アリババやテンセントが滴滴に出資するのは、配車サービスの収益の配当に加え、アリババの「アリペイ」、テンセントの「テンペイ」が滴滴の配車アプリに組み込まれているという背景がある。おそらくアップルとしても、中国でサービスを立ち上げたApple Payについて、滴滴のアプリへの導入を進めるだろう。さらにCarPlayを滴滴の車に搭載するよう要請し、iPhoneベースのサービス提供や、iTunesでの音楽配信事業などの拡大も狙うはずだ。

 一方で、ウーバーの米国でのライバルである米リフトには、アリババ、テンセントのほか、滴滴やGM、それに楽天も出資し、滴滴とリフトは協力関係を結んでいる。ウーバーは自動運転車の開発にも乗り出していることから、同じく密かに自動運転の電気自動車(EV)を開発するアップルにとって、潜在的なライバルになりうる。

 近い将来、滴滴がアップルの自動運転車の有力な購入先になるかどうかはわからないが、少なくとも何百万人もの滴滴の運転手の運行データにアクセスすることで、自動運転車の人工知能(AI)の強化学習に役立てたいという考えも、アップル側には当然あるだろう。

 こうした解釈に立てば、クックCEOの言う「いくつかの戦略的な理由」は極めて戦略的と言える。ただ、それが中国との関係修復以外に、iPhoneの落ち込みを補う一大ビジネスに育つかどうかはまだわからない。
ニュースイッチオリジナル
藤元正
藤元正 Fujimoto Tadashi
中国政府との関係修復を狙った巧妙な戦略ともいえるが、一方で、「アップルは言論の自由に目をつぶり、ビジネスを優先させている」との誹りを受けるかもしれない。同社にとっては中国での新規事業をどれだけ拡大できるか以上に、大きな賭けともいえる。

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