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量子・古典ハイブリッド化…コンピューティングが迎えた新局面、日本発PJも

量子・古典ハイブリッド化…コンピューティングが迎えた新局面、日本発PJも

IBMの量子コンピューター「IBM QシステムTWO」(ニューヨーク近郊にあるIBMのデータセンター内)

日本発研究プロ加速 IBM機など国内導入 スパコン「富岳」と連携

潮目はどう変わったのか―。量子コンピューティングの本格登板は、「FTQC」と呼ぶ「誤り耐性」を備えた大規模な量子コンピューターが登場する2030年以降と目されていた。だが、この1年間で技術革新が進み、量子コンピューターが既存の古典コンピューターよりも速く特定の問題を解決できる「クアンタムアドバンテージ(量子優位性)」の実現がぐっと近づいた。こうした潮目の変化を追い風に日本発の新たな研究プロジェクトがキックオフした。(編集委員・斉藤実)

IBMが論文発表した量子のエラー訂正技術が3月発行の「ネイチャー」の表紙飾った

既存の量子コンピューターはノイズの影響を受けやすく、計算でエラーが生じる。これを緩和する技術が20年前後から米IBMをはじめ相次ぎ発表された。ハードウエアの改善と相まって、FTQCの登場を待たずとも、既存の量子コンピューターでも大きな問題を解けるめどが付いたことで、世界中の量子研究者が新たな技術革新に挑んでいるのが現状だ。

直近では、24年3月発行の英科学誌「ネイチャー」の表紙にはIBMが論文発表した量子のエラー訂正技術が表紙を飾った。

これまで「エラー訂正された1論理量子ビット」を実現するには数百から1000個の物理的な量子ビットが必要とされていたが、ネイチャーに掲載された論文では「新しいエラー訂正の符号化を用いれば物理的な量子ビットの量は10分の1程度で実現可能」なことを実証。これによりFTQCの実現が今まで考えられてきた以上に短期間で実現できると考えられるようになった。

こうした変化の中で進展するのは、量子と古典の両コンピューターをつないで、互いの強い領域を連携させるハイブリッド化だ。ハイブリッド活用はすでにスーパーコンピューターなどを中心に、さまざまな処理を実行できる中央演算処理装置(CPU)と、画像処理半導体(GPU)の連携が進んでいる。

※自社作成

量子コンピューターも全てが速いわけではなく、スパコンなどの高性能コンピューティング(HPC)とシームレスに連携し、統合することで力を発揮する。川瀬桂日本IBM量子コンピューター・プログラム担当ダイレクターは「あるジョブ(プログラムの実行)を量子とスパコンに分散させて一つの仕事をやらせる。まずはそのフレームワーク作りをどうするかに世界中が取り組んでいる」とハイブリッド化の研究課題を指摘する。

日本発の研究プロジェクトとして注目されるのは、理化学研究所(理研)が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として、23年11月に発表した「量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発」。量子と古典のハイブリッド化に対応するソフトウエアスタックを作り、その上でアプリケーションを開発して有効性を検証する。期間は5年間。研究プロジェクトには東京大学大阪大学ソフトバンクも名を連ね、世界的にも脚光を浴びている。

スパコン「富岳」と量子コンピュターとの連携も(理研提供)

ハードウエアの連携で目玉となるのはスパコン「富岳」と、「新たに国内導入するIBM製の超電導型の量子コンピューターと、米クオンティニュアム製のイオントラップ型の量子コンピューター」(理研の研究者)だ。IBM製の商用の量子コンピューターの国内導入は2台目となる。

クオンティニュアム機は24年度中にも理研の和光研究所(埼玉県和光市)に国内初導入する。「IBM機は理研の計算科学研究センター(神戸市)に25年度春の稼働を目指して、富岳と同じ建屋に設置する」(同)。これにより、IBM機と富岳をリアルに連携させて一体として動かすことが可能となる。加えて連携プラットフォームでは阪大と東大のスパコンとも広域連携する。

これら巨大マシンを順次そろえ、いち早くハイブリッドに挑むことで、日本の量子戦略を加速する考えだ。

量子コンピューターといえばハードウエアが注目されがちたが、業界内では「ハードウエアが完璧になってから、アプリやユースケース(活用例)に取り込んでも周回遅れになってしまう。むしろアプリなどで特許や業界標準を抑える方がメリットが大きい」といった声もある。量子コンピューティングという新しい市場で、日本はどの領域でどう戦うべきかが問われている。

ソフト開発の視点重要/日本IBM量子コンピューター プログラム担当ダイレクター・川瀬桂氏

量子、古典のハイブリッド化の意義について日本IBMの川瀬桂量子コンピューター・プログラム担当ダイレクターに聞いた。

川瀬桂氏

―量子分野で日本が世界と伍していくことは可能でしょうか。
 「量子コンピューティングは大きな可能性を秘めたエマージング領域であり、ハードやソフトなど、どこでも“場所取り”ができる。日本はハードの完成度を高める一方で、新しいアルゴリズム(算法)やユースケースで場所を取ることが必要。産業界が強い日本にとっては大きなチャンスだ」

―ハイブリッド化でIBM機が活用される意味合いは。
 「基盤となるソフトウエアスタックは理研が作る。うまい実装や使い方により、IBM機とスパコンをつなげ、その上でアプリを動かすことで、ハイブリッド化に必要な知見がたくさん得られる。当社にとってもメリットが大きい」

―プロジェクトと量子の国産機との関係性をどうみていますか。
 「ハードウエアは今使える最良のものを使って、アプリなどを開発すべきだ。そこで作られたアプリは国産ハードウエアでも動かせるようになればよい。要はソフトウエアから見ると、よいマシンがあればよい」

―具体的には。
 「量子ビットは数とともに質も重要だ。質の良くない量子ビットが山ほどあっても訂正しきれない。量子ビットの数と質と計算速度。この三つを同時に達成することが重要だ」

日刊工業新聞 2024年04月30日

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