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「第2のシリコンバレー」…イスラエルスタートアップと日本企業の連携が加速中

「第2のシリコンバレー」…イスラエルスタートアップと日本企業の連携が加速中

エクステンドは都内の会場からイスラエルにあるドローンを遠隔操縦するデモを実施した(シャピラCEO)

「第2のシリコンバレー」「スタートアップネーション(国家)」とも言われるイスラエル。毎年500―1000社ものスタートアップが誕生し、それが経済成長のエンジン役も果たす。かつてはアラブボイコット(アラブ連盟加盟国の対イスラエル経済制裁措置)を恐れ、ビジネスに二の足を踏んだ日本企業も今や様変わり。こうしたイスラエルスタートアップの技術をイノベーションにつなげようとする動きに拍車がかかっている。(藤元正)

チャータードG主催のスタートアップイベントの参加イスラエル企業(一部)

「イノベーションを通じて社会課題を解決し成長するスタートアップは、岸田政権の掲げる『新しい資本主義』を体現するもの。人が資源であることがイスラエルと日本の共通点であり、世界の社会課題解決に向けて、両国のスタートアップエコシステムのさらなる連携に期待したい」。

岸田文雄首相がこうビデオメッセージを寄せたのは、5月末に都内で開催されたイスラエルのスタートアップイベント。2022年11月に策定した「スタートアップ育成5か年計画」を実現する上でも、イスラエルを含めた起業家育成で先行する世界各地域との人材・ネットワークの構築が重要との考えを示した。同イベントはイスラエル系投資会社チャータードグループが主催しスタートアップ19社が参加。約400人が訪れた。

90社が現地に研究開発拠点

国別のユニコーン数(2023年4月時点)

イスラエルの起業の特徴は、特にディープテックと言われる大学や研究機関での科学技術成果をもとにしたハイテクスタートアップにある。対国内総生産(GDP)比での研究開発費支出は世界トップクラスで、大学研究者や軍諜報(ちょうほう)部門のITエキスパートが次々と創業。米調査会社CBインサイツによると同国のユニコーン数は24社(23年4月時点)と国別で7位だが、人口当たりのユニコーン数では米国を上回り世界首位に立つ。

イノベーションを取り込もうとイスラエルに研究開発拠点を置く日本企業は現在90社近くに上り、10年前の約3倍に増加。買収や提携・協業も相次ぐ。今回のイベントに参加したイスラエルのディープテック企業の中にも、すでに日本企業が成長性を見込んで出資したり、出資を決めたりしている企業が目立つ。

例えば産業用3Dプリンター関連ソフトウエアのキャスター。旭化成は5月、樹脂CAE(コンピューター利用解析)技術サービスとの相乗効果を目的に同社への出資を発表した。キャスターの製品は独自アルゴリズムで数千の部品からなる部品表(BOM)やCAD図面から3Dプリンターに適した部品を自動的に特定したり、形状修正や部品同士の統合を提案したりでき、コスト分析や製造プロセスの最適化に役立つ。オマー・ブライアー最高経営責任者(CEO)は「新たな資金調達で営業力を強化する。旭化成や独シーメンスなどとのパートナーシップで顧客層の拡大も期待できる」と話す。日本では大手工作機械メーカーなどもユーザーに名を連ねる。

三洋貿易は22年、太陽光で冷却するコーティングフィルムを開発するソルコールドに対し500万ドル(今の為替レートで約7億円)の出資を発表。三洋貿易が国内などでソルコールド製品の販売を担当する。アンチストークス蛍光という物理現象とナノ粒子を使って対象物の熱を放出し、周囲より温度を5度C下げられるという。建物や自動車、屋外構造物、テントなどでの使用を想定し、独フォルクスワーゲンも車両で実証試験を行う。ただ、フィルムの構造が複雑なため量産は難しく、製造原価もかなり高いとみられる。

チャータードグループのベンチャーパートナーで元防衛副大臣の中山泰秀氏は、「イスラエルは0から1を生み出すのが得意で、日本企業は2のものを100に持っていける。両者の連携を強化することで日本の成長を支える新しいメード・イン・ジャパンの仕組みを作っていく」とする。確かに日本企業が量産を担うことで、イスラエル発の優れた技術を世界に広く展開していける可能性もある。

先端技術、量産支援し世界へ

「これって本当?」と思わせる常識はずれの技術を持つ企業は他にもある。エクステンドは都内の会場から直線距離で9000キロメートル以上離れたイスラエルの建物の地下にある飛行ロボット(ドローン)を、全地球即位システム(GPS)なしで遠隔操縦してみせた。史上初の試みという。

同社のアヴィヴ・シャピラCEOはスポーツ中継での自由視点映像技術「freeD」を開発したリプレー・テクノロジーズの共同創業者で、16年に同社を米インテルに売却した実績を持つ。「ゲーム画面のように簡単に操作できるドローンOS(基本ソフト)をスマートフォンのアンドロイドOSのように普及させたい」と同CEO。日本ではインフラの遠隔点検サービスや離島での災害状況把握などでの活用を見込む。

コグニファイバーが開発した光コンピューターのプロトタイプ

世界初の純フォトニックの光コンピューターのプロトタイプを開発したというのがコグニファイバーだ。「機械学習に標準的に使われる米エヌビディアのシステムより1000倍高速で、2000分の1の省電力で済む」とエヤル・コーヘンCEOは強調し、NTTなどとの協業に高い関心を示す。

経済関係強化の機運が高まる中、22年11月に日本とイスラエルは経済連携協定(EPA)に向けた共同研究立ち上げで合意した。ギラッド・コーヘン駐日イスラエル大使は、EPA締結により「貿易での技術移転を円滑に進めることができる」とし、両国企業による技術連携がさらに進むとみている。

「協働の場」来年開設
チャータードG会長のエヤル・アグモニ氏

チャータードグループは日本、イスラエルの両国企業の連携促進を目的にイノベーションセンター構想を温めてきた。エヤル・アグモニ会長に聞いた。

イメージ

―イノベーションセンターの役割は。

「日本の大企業とイスラエルのスタートアップが連携する場合、双方で政治・経済や文化、規制、社会が異なるため、技術を商品化し市場に送り出すまで時間や手間がかかる。そこで両国の企業や大学が1カ所に集まり、規制や市場ニーズに合わせオープンイノベーションのような形で議論や技術開発を行う協働の場が必要と考えた。活動を通して個別企業同士の連携や投資も後押しする」

―イスラエル企業の日本参入が主な目的でしょうか。

「双方向での市場参入を支援する。同センターには日本の起業家やスタートアップを育成するアクセラレーターの役目も持たせる」

―運営費用はどこが負担しますか。

「日本の大企業5社に中心メンバーになってもらい、当社と日本企業が資金を出す。24年初のオープン予定で、愛知県か関西への立地を検討している。日本およびイスラエル政府にも支援を要請中だ」

日刊工業新聞 2023年月6月6日

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