新たな技術優位性確保へ、全米科学・工学・医学アカデミー報告書の全容
半導体と併せて人工知能(AI)、量子などの先端科学技術においても中国の存在感が増す中、米国では2022年8月に「CHIPS・科学法」が成立した。同法は半導体製造への補助金と税額控除に対して約800億ドル、科学研究に対して約1700億ドル、総額2500億ドル規模の予算枠を掲げた。翌9月、全米科学・工学・医学アカデミーが「米国の技術優位性を守る」という報告書を発表した。報告書は、中国の台頭を含め研究開発環境および競争環境が大きく変化する中で、米国が引き続き技術優位性を確保するための新たなアプローチを連邦政府に提言している。
提言は、①研究環境の差別化とオープン性の確保、②人材の誘致と開発の強化、③重要技術の特定から協調的なリスク管理への転換、④戦略的に重要なプラットフォームの特定と脆弱(ぜいじゃく)性への対応、の4点からなる。
①と②は、自由で開かれた研究環境とリスクを許容する環境はイノベーティブな人材を引きつけると訴える。米国の科学技術の進歩のためには、技術保護を目的とした制度を過度に適用するのではなく、自由な研究環境の確保と人材誘致、研究開発投資など統合的な戦略が必要である、とする。
今回の提言で特に興味深いのは③と④だろう。研究開発から商業化の過程で「プラットフォーム」が果たす役割に着目し、プラットフォームを通した研究開発の相互依存の高まりを指摘する。プラットフォームは、インターネットや第5世代通信(5G)などの電気通信技術など、現在の研究開発で基盤となる技術、サービスを指す(図)。多様なアクターがプラットフォームを利用して、国境を越えて知識を共有、再利用を繰り返すことで、研究開発が急速に発展している。報告書では、プラットフォームの利用が研究開発に強い影響を及ぼした事例としてゲノム解析、人工知能、半導体の設計・製造などが挙げられている。
プラットフォームの共有はコスト、スピード、技術の普及の面で恩恵をもたらす一方で、プラットフォームを通して複雑に相互依存するという新たな脆弱性を生んでいる。報告書では、現代において技術の優位性を確保するには、重要技術をリスト化して保護することから、プラットフォームを含む研究開発全体のプロセスの中で脆弱性を特定し、政府全体でリスクを管理する方法に転換すべきだと結んでいる。
国際的な競争関係の中で、日本においてもAI、量子など重要技術とは何か、という技術特定に関心が集まりやすい。しかし報告書が示すように、プラットフォーム、人材、設備など研究開発プロセス全体を通して、リスクと利益とを比較考量し、バランスをとる新たな戦略の検討が必要なのではないだろうか。
科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター フェロー 鈴木和泉
政策研究大学院大学SciREXセンター専門職、NTTデータ経営研究所シニアコンサルタントなどを経て現職。これまでにSDGsとインクルーシブイノベーション、介護ロボットなどのプロジェクトに従事。現在は、経済安全保障と新興技術の調査分析業務に従事。法学・政治学修士。