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【ディープテックを追え】「バイオものづくり」に応用。ゲノムを大規模改変する東工大発スタートアップの独自技術とは?

#122 Logomix

遺伝子を部品に見立て、それらを組み合わせ人工的に生命機能を設計する「合成生物学」。これを産業応用し、有用な物質を作らせる微生物で製品を作る「バイオものづくり」の事業化を目指す企業が生まれている。二酸化炭素(CO2)やバイオマスを原料にできることから、カーボンニュートラル温室効果ガス排出量実質ゼロ)の潮流も追い風だ。同分野は海外のプレイヤーが先行する。そんな中、東京工業大学発スタートアップのLogomix(東京都中央区)は独自技術で巻き返しを狙う。

バイオものづくりとは?

バイオものづくりは、ゲノム編集や人工知能(AI)などを用いて、有用な物質をつくる機能や、物質の大量生産を可能とする微生物を設計・構築。この微生物が生成する物質から製品を作る。ここで重要になるのが微生物の性能だ。

全遺伝情報(ゲノム)を読み取るコストの低下やAIなどコンピューター技術の発展により、これまでのデータから微生物に持たせたい機能の遺伝子を予想できるようになってきた。これを大規模化した「バイオファウンドリ」は、ゲノム編集やDNA合成技術を使い、微生物の遺伝子を設計・構築。その遺伝子の性能を評価し、結果をAIが学習する「DBTL(設計・構築・評価・学習)サイクル」を繰り返す。実験を繰り返すたびにAIの性能が高まり、微生物の設計を効率化できる。

このサイクルを駆使する企業の代表格が米ギンコバイオワークスだ。同社はバイオファウンドリで構築した技術を活用するプラットフォームを手がける。すでに100以上のプロジェクトを行い、技術の蓄積を進める。2021年には特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場し、同業の米ザイマージェンを買収するなど規模を拡大させている。

ギンコとは異なるアプローチ

一方、Logomixの簗島謙太郎ディレクターは「ギンコも社会実装の例は乏しい」と指摘する。実際、バイオものづくりで製品化に成功した例は限られる。その理由を「ある微生物の設計を効率化するだけでは、社会実装できないのではないか」(簗島ディレクター)と予想する。

そこで同社は遺伝子設計の出発点になる「マスターセル」という微生物を開発する。そのマスターセルを顧客のニーズに応じて、カスタマイズするアプローチを取る。DBTLサイクルでは、一連の流れを繰り返すことによって開発する微生物の性能を高める。対して、同社はマスターセルというひな形のような微生物を用途に応じて、カスタマイズする。メリットは遺伝子の設計をシンプルにした微生物を開発できる点だ。このマスターセルを顧客のニーズに合わせてカスタマイズすることで、シンプルな遺伝子と物質生成の効率を両立する。簗島ディレクターは「生成したい物質によっては、一般に使われる大腸菌などよりも、生成効率などが良い微生物があるはずだ。目的に適していない微生物をDBTLサイクルによって改変すると、複雑な遺伝子になり、物質生成が安定しないなどデメリットも大きい」と話す。

大規模な改変技術で差別化

同社の開発を支えるのが、広範囲のゲノムを正確に改変する「UKiS」という技術だ。10万塩基対規模の長い配列を正確に改変する。改変対象のゲノム領域に余計な配列が残らず、希望する配列のみを含むよう正確に改変できる。広範囲を改変し、シンプルな遺伝子を構築する。

ゲノムを大規模に改変し、微生物を開発する(同社提供)

また、ヒトゲノムの父母親由来の両方の染色体のゲノムを改変でき、iPS細胞(人工多能性幹細胞)にも適応できる。クリスパーキャス9などのゲノム編集技術と比較して、より長い配列を改変できる特徴を生かし細胞医療の分野でも活用を模索する。バイオものづくり同様に出発点になる細胞を開発し、疾患に合わせてカスタマイズすることを目指す。

すでに連携する企業と14のプロジェクトを進めている。現在は水素をエネルギー源にCO2を栄養源として取り込む「水素酸化細菌」などの微生物や細胞で開発を続けるが、将来はさまざまな微生物に対応できる体制を構築する。

バイオファウンドリについては、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が関東圏と関西圏に開発拠点を整備する。米国や中国も大規模な投資を計画する。簗島ディレクターは「技術の進展も重要だが、どんな最終製品を作るかという視点も普及には重要だ」と話す。既存製品の置き換えでは価格では勝てない。価格勝負を避けるため、バイオものづくりでしか作れない付加価値が求められる。バイオとデジタルを組み合わせた「次の産業革命」の覇権争いは始まっている。

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