ニュースイッチ

注目集まる大学発スタートアップ、20年前の「1000社計画」時代と何が変わったか

注目集まる大学発スタートアップ、20年前の「1000社計画」時代と何が変わったか

慶応義塾とビズリーチの協定(左から)南壮一郎ビズリーチ創業者、伊藤公平慶応義塾塾長、山岸広太郎常任理事

「客員起業家」支援

社会課題解決に大学の研究成果を生かす大学発スタートアップ(SU)が注目されている。かつてなら、経営意識が欠けると批判していたベンチャーキャピタル(VC)も、国連の持続可能な開発目標(SDGs)投資などが進んで意識は変わった。ビジネス成功の夢だけでない、大学発ならではの活動が進んでいきそうだ。 (編集委員・山本佳世子)

慶応義塾とビズリーチ(東京都渋谷区)は12月、大学発SU支援で連携協定を結んだ。同社サイトを通じて副業・兼業のビジネスパーソンが、同大発SUを設立前から支援する「客員起業家」になる仕組みだ。南壮一郎ビズリーチ創業者は「プライベートの時間を副業に充て、大きな志の事業に貢献する人材で、新たな風を吹かせたい」と意気込む。

山岸広太郎慶応義塾常任理事は「大学がSUに取り組むのは、研究成果で社会課題を解決するため」と基本スタンスを説明する。ただし社会課題がビジネスチャンスに直結することから「社会的意義と経済成長の両方が重要だ」と、慶大VC「慶応イノベーション・イニシアティブ」の社長としての期待も表明した。

大学関係者の記憶に残る大学発SUブームは、2001年に経済産業省が発表した「大学発ベンチャー1000社計画」の頃だ。大学は当時、他の産学連携に比べてリスク管理が難しかったことから、活動を教員個人に任せていた。

そのため経験の乏しい教員側とVCなど経営側で、トラブルが少なくなかった。株式上場利益によるビジネスモデルしか見当たらなかったのも大きい。まもなく候補技術は一巡しライブドア事件も発生。社会はその後、一部の大学発SUにしか目を向けずにいた。

それから約20年。政府は2022年をスタートアップ創出元年に位置付け、5カ年計画を策定。エコシステム拠点都市などを追い風に、21年の大学発SUの資金調達額は13年の約8倍になっている。

CNTを活用した避難実証実験を別府市民らと行った(プレアーク提供)

早稲田大学発SU「こころみ」は、生体物質のストレスマーカーのセンサーを手がける。22年4月設立で元早大教授の大橋啓之社長が実質、1人で活動する。脆弱(ぜいじゃく)な零細企業に見えるが、早大VC「早稲田大学ベンチャーズ」が助言など支援を手がけている。「このような実現が難しいディープテックこそ、大学が挑戦すべきものだといわれた」と大橋社長は振り返る。

樹脂など製造する大手化学会社における、化石資源からバイオ素材への原料転換を後押しするのは東京工業大学発SU「グリーンケミカル」だ。「地域で生まれるもみ殻や製紙パルプ糖などを使って化学会社にとっての原料を作り出し、新たな地産地消を実現したい」(岩越万里社長)と、地域活性化も同社の役割の一つととらえ、秋田県大潟村などと連携している。

「ビジネス最優先でない大学発SUは、地域社会の理解を得やすく、仲間づくりも得意だ」というのは東京理科大学発SU「プレアーク」の創業者、山本貴博同大教授だ。振動や水で発熱するカーボンナノチューブ(CNT)を使った、地震の建物損傷や避難誘導の実証試験を大分県別府市で手がけている。

社長は研究室の秘書、経営のプロではない。しかしCNT機能を盛り込んだ別府温泉街の飾りアートなど、街の仲間となってのアクティビティーもある。狭い定義に縛られない多様な大学発SUは、大学の創造性を実感させる存在となっている。

日刊工業新聞 2023年01月05日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
慶大とビズリーチは先に、SU支援部署の教員募集など実施しており、2案件の公募にそれぞれ約700人ほどの応募があったという。 社会人には大学で働くことに対する憧れがあり、自身のビジネススキルを生かした社会貢献でもあり、ひょっとしたら大きな収入にもつながるかもしれないSUというのは、とても魅力的なのだろう。今後、ますます多くの人材がこの領域に注目するのではないか。

編集部のおすすめ