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“結晶に歪み”で新物質、東京理科大が提唱する「フェイゾンエンジニアリング」とは?

“結晶に歪み”で新物質、東京理科大が提唱する「フェイゾンエンジニアリング」とは?

超伝導量子干渉計(SQUID)を使い物質のスピンを調べる

“結晶に歪み”で新物質

 

日本が得意な材料科学では、新発想で潜在力の高い新規物質を作り出すことは研究者の憧れだ。東京理科大学先進工学部の田村隆治教授らが提唱する「フェイゾンエンジニアリング」はその一つだ。結晶にフェイゾン(位相)とよばれる歪(ひず)みを導入し、重要な元素の周辺環境を変える画期的な手法だ。基礎研究ながら応用展開も、冷媒ガスではなく磁気冷凍効果を使った新型冷蔵庫、高性能磁性材料や触媒などで期待されている。(編集委員・山本佳世子)

結晶は、空間的に繰り返される、最小基本単位となる「単位胞」と、格子の頂点(格子点)や中央、辺の真ん中などに入る原子からなる。単位胞は床や壁のタイルのようなものだ。陶器やプラスチックの複数の形状のタイルを組み合わせるように、タイルの並びを組み換えることがフェイゾンエンジニアリングのポイントだ。

一般に結晶の環境が同一の等価なサイトには同じ元素が、異なるサイトには異なる元素が入りやすい。そこで局所的に、格子点などのサイトの環境を工学的に操作する。生じさせたフェイゾン歪みにより、機能性発揮の重要な元素に対し、周辺の元素の種類や原子の位置などを変えられる。さらに2種類のタイルを使うにも1対1だけではない。タイル数の比率をn対mで設計すれば多様なパターンとなる。

従来の物質科学での性能アップは、元の元素を別の元素に置き換える「化学的」な手法しか持ち合わせてなかった。それに対してフェイゾンエンジニアリングは「幾何学的」な自由度を手に入れたことになる。さらに両方を掛け合わせて改変すると、とてつもない数の新たな候補が引き出せるようになる。

カドミウム系正20面体準結晶の電子回折図形(東京理科大提供)

ちなみに2011年のノーベル化学賞となった「準結晶」とは、タイルが特定の比率(黄金比)で、周期性を持たずに並んだものだ。固体は結晶と非晶質だけと思われていたが、別の形態が発見されたのだ。田村教授は「黄金比以外の比率でタイルを並べた物質はどうなるのだろうか、と考えた」と発想のきっかけを説明する。

応用の一つは磁性材料だ。特定のサイトに希土類元素を置くことで、物質の角運動量(スピン)の並びが特異な構造を取る状態を田村教授らは作り出した。周期性を持たない準結晶型の、強磁性材料を生み出したことになる。これは局所的にはスピンが正20面体の頂点に配置された構造で、球体に近い対称性を持つ。そのため外部磁場をかけた時の磁気モーメントの反応が、通常より高速なのだ。モーターの軟磁性体など有望といえる。

まだ研究段階の「磁気冷凍効果」への展開も注目だ。周囲の磁場のオン・オフで、物質のスピンのエントロピー、つまり乱雑さを増大させ、冷却現象を起こせるとみられる。「有望な材料が見つかれば、ガスを冷媒に使う通常の冷蔵庫よりもぐっと変換効率が高く、省エネルギーのものが実現できるのではないか」と田村教授は夢を描いている。

日刊工業新聞 2022年11月21日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
これは技術内容が難しい基礎的な研究だが、「だからこそ従来とは異なる、画期的な応用につながる」という点に興味を持った。磁場のオン・オフで冷却現象を起こす冷蔵庫など、いつごろ市場に出てくるのだろう?!理解が容易でない基礎研究でも、陶器タイルといった例えと、未来に期待される応用とが示されば一般の興味をひく、という好例ではないか。

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