人口減少、リモートワーク、観光需要の低下…苦境の鉄道の未来を考える

<情報工場 「読学」のススメ#106>『鉄道会社はどう生き残るか』(佐藤 信之 著)

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ローカル鉄道のイメージ
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苦境に置かれるローカル鉄道

2022年は、日本初の鉄道(新橋-横浜間)が1872年に開業して150年の節目にあたる。しかしながら直近、鉄道、とくに幹線や都市鉄道以外の「ローカル鉄道」が置かれた状況は厳しい。コロナ禍による観光需要の低下はいうまでもないが、それ以前から過疎化の進行などにより、ローカル鉄道の苦境は続いていた。

今年7月、国土交通省の有識者検討会は「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」をまとめた。この「提言」では、輸送密度(1キロメートル当たりの1日平均利用者数)が平時に「1,000人未満」であることを一つの目安に、該当する線区について、国と自治体、事業者が、「バスへの転換」などの改善策を協議する仕組みを設けるとしている。だがこれに対し、該当する線区の自治体には、困惑や反発の声が少なくないようだ。

一方、今年4月以降、JR各社は相次いで、2019年度に輸送密度が2,000人未満だった線区の収支などを公表した。このうち、輸送密度1,000人未満の区間は、JR西日本で13路線25区間、JR東日本で29路線50区間にものぼり、すべての線区が赤字だった。

地方では、自動車運転免許を返納した高齢者などの交通弱者が増える傾向にあるため、安定した公共の移動手段は必要不可欠だ。しかし、採算のとれない線区を、国や自治体の補助金頼りで維持するのには、限界がある。いったいどうすればいいのだろうか?

『鉄道会社はどう生き残るか』(PHPビジネス新書)は、この問題に向き合う一冊だ。コロナ禍はもちろん、それ以前からの社会環境の変化を踏まえ、新幹線からローカル鉄道まで、日本全国の鉄道各社の取り組みや成功例を多数紹介。欧米の鉄道事業が行ってきた施策も見ながら、日本の鉄道会社が向かうべき方向を示唆している。

著者の佐藤信之さんは、亜細亜大学講師、一般社団法人交通環境整備ネットワーク相談役。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。『JR北海道の危機』(イースト新書)、『鉄道と政治』(中公新書)などの著書がある。

鉄道の見直しで、既存の市街地を再活性化

ローカル鉄道の再活性化に成功した例もある。佐藤さんによれば、人口40万人以上の地方都市であれば、鉄道が地域交通の主役を維持することは可能だという。代表例が富山県富山市だ。

かつて富山市には、富山地方鉄道の富山軌道線(路面電車)のほか、北陸本線、高山本線、富山港線というJRが管轄する鉄道があった。しかし、自家用車の普及などで地方路線は全体的に活気を失っており、北陸新幹線建設の際に富山港線の廃止が検討されたという。

そこで富山市は2004年第三セクター「富山ライトレール」を設立。富山港線を富山軌道線と直通にして、トラムトレイン(路面電車を鉄道路線も走らせられるようにした車両)に改造した。2006年に運行を開始し、新しい超低床車両と、運行本数増で利便性が高まったことで、旅客が増加したという。

これを追い風に富山市は、市内に都心循環系統を新設したり、市街地(まちなか)への転入に補助金を出したりと、いわゆる「コンパクトシティ」政策を行った。結果、近場に外出する人々が増え、市街地が賑わうようになったという。

もっとも、いま苦境の真っ只中にある、輸送密度1,000人未満のローカル鉄道が走るのは、そのほとんどが「人口40万人未満」である。それどころか人口数万人という地域も少なくないため、単純に富山市をお手本にするわけにはいかないだろう。

こうした地域で、採算のとれない鉄道を維持する策の一つに「上下分離」がある。鉄道の運行と、線路や駅といったインフラ部分の運営を分離する方式だ。国内で、不採算路線のインフラ部分のみを自治体が保有するなどして、この方式を取り入れる事例が最近増えているようだ。

『鉄道会社はどう生き残るか』は、イギリスの鉄道交通システムの「上下分離」を紹介している。国鉄(British Rail)が一元的に運営していたが、1993年の鉄道法によって、旅客列車の運行を25の民間のTOC(Train Operating Company)に期限付きで開放した。線路の維持・管理は、TOCとは別に設立されたレールトラック社が担う。

イギリスでは、不採算路線の場合、TOCの入札の際に、国からの補助が規定されているという。また、TOCの運営は「期限付き」なので、契約更新に向けた事業の効率化が期待できる。路線の収支が改善されれば、国の補助金の支出も減ることになる。もともと採算が取れる路線の場合は、国にプレミアムを支払うことになっている。

地元に鉄道がなくなる寂しさが大きなデメリット

話を国内に戻すが、地域住民は、ローカル鉄道の危機をどう受け止めているのだろうか。

4月にJR各社が輸送密度の低い線区の経営状況を開示した目的の一つには、地域住民との「課題の共有」があったようだ。

個人的な話になるが、島根県西部で育った私は、高校通学に山陰線を使っていた。今回JR西日本が示した輸送密度2,000人未満の線区には、山陰地方の出雲以西のすべての線区が含まれていた。利用者が少ないことは知っていた。だが、具体的な数字で示されたことで、初めて、地元に鉄道がなくなる可能性に思い至った。

ところで、2011年の東日本大震災後、JRグループが掲げた「つなげよう、日本。」のコピーを覚えているだろうか。当時、それに一体感を感じたり、励まされたりした記憶のある人は少なくないのではないか。「地元に鉄道がなくなる」というのは、これの逆パターンだ。危機感とともに、見捨てられたような寂しさを感じる人が多いことだろう。

不採算路線の中には、バスに転換しても利便性を損なわないケースもある。しかしバスでは、系統が複雑になる、鉄道に比べ正確な定時運行が難しいといったデメリットも大きいと、『鉄道会社はどう生き残るか』では指摘されている。コロナ禍以後、路線バスの収支も大幅に悪化したというニュースも見かける。それぞれの地域の実情や住民のニーズを慎重に見極めた上での改善策が求められる。

同書は、国や自治体による財政的支援策のほか、鉄道の運営にボランティアの協力を得ること、JRが取り組む広域周遊型のクルーズトレインの可能性などにも言及している。

鉄道の問題は、私たちの生活に直結している。国や自治体、事業者任せにするわけにはいかないだろう。まずは公共交通に関心を持ち、市民一人ひとりが利用者を増やすアイデアを考えてみたり、実際に協力したりすることで、「生活の足」を失わず、地域活性化にもつながっていくのではないだろうか。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『鉄道会社はどう生き残るか』
 佐藤 信之 著
 PHP研究所(PHPビジネス新書)
 224p 1,023円(税込)

<情報工場 「読学」のススメ#106>

COMMENT

吉川清史
情報工場
チーフエディター

私自身は東京の郊外で生まれ育ち、現在も同じ地域に住んでいるので、正直なところ、ローカル路線の問題は認識できても、実感することは少ない。それでも、東京近郊の鉄道路線は、都心から放射状に延びているため、東西はよくても、南北の移動が若干不便だ。バス路線しかない。この程度でも不便さを感じるのだから、存亡の危機にあるローカル路線の地元の不満は想像するにあまりある。有望と思われる解決策の一つに、富山市のようなコンパクトシティ政策があるが、当事者にしてみると「あなたの住んでいるところは不便だから引っ越しなさい」と行政から言われて、おいそれと従えるものなのだろうか。やはり、ネットなどを使って、行政や事業者と住民が情報共有と意見交換をして、解決策を探っていくしかないのではなかろうか。まずはコミュニケーションの場を設けるのが先決のような気がする。

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