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北九州市のDX モノづくりの街の新潮流

デジタル技術で製造業の課題解決
北九州市のDX モノづくりの街の新潮流

『北九州市DX推進プラットフォーム』はサポート企業とユーザー企業をつなぐ場として期待される(キックオフ会議=20年12月)

九州最大のモノづくりの街・北九州市は、政令市で最も高齢化が進んだ街でもある。若者は福岡市や首都圏など大都市を志向し、製造業への就業意欲も高いとはいえない。このため労働力不足は深刻で、とりわけ中堅・中小製造業の危機感は強い。北九州市は地場企業の生産性向上を喫緊の課題と位置付けさまざまな施策を進めるが、2021年度はデジタル変革(DX)の取り組みが本格的なステージに入った。その取り組みと成功事例を紹介する。

SDGs達成へ住みやすい街

北九州市は18年にOECDから、アジア地域で初めて「国連の持続可能な開発目標(SDGs)推進に向けた世界のモデル都市」に認定、また同年国から「SDGs未来都市」に選ばれるなど、SDGs達成に向けて「日本で一番住みやすい街」(北橋健治市長)を目指している。

17の目標の中でも健康と福祉やクリーンエネルギーに加え、働きがい・経済成長、産業・技術革新など、得意とする再生エネルギーやロボットの拠点化を進めることで他都市に先駆けて目標達成を実現したい考えだ。すでにロボットを使った地域産業創生事業を産学官連携で進めているが、一方でロボット導入以前の情報通信技術(ICT)に対処するDX対策が急務になっている。

20年に市内製造業536社を対象に行ったDX実績調査では実践中・検討中42%、予定なし58%と、取組み遅れが顕著の結果となった。

推進プラットフォームを設置

ロボット導入に関しては費用や人材が壁になっているが、DXに対しては「方法が分からない」など情報不足の面が多い。このため20年末にデジタル化やDXを提案できるサポート企業と、活用を検討するユーザー企業をつなぐ場として「北九州市DX推進プラットフォーム(230社=22年3月8日現在)」を立ち上げ、相談会開催や情報提供を始めた。(https://ktq-dx-platform.jp/

支援事業としては教育やサービス開発も含めた費用を最大200万円補助する制度を創設、20年度26件、21年度47件が採択された。具体的な事例はモノのインターネット(IoT)を使った機器稼働状況の収集や、統合業務パッケージ(ERP)を使ったデータ管理一元化などだが、テレワーク環境の整備にも広がっている。

【事例紹介】

現状からの脱出

ドーワテクノス(北九州市八幡西区、小野裕和社長)
社内イベント「リモ謎」では社員同士が協力して電脳都市からの脱出に挑戦した

「これ、どうするんだっけ!?」悪戦苦闘するベテランを若手社員がフォローしながら勝ち抜いていく―。ドーワテクノスは2021年夏、ウェブ上で社内イベント「リモ謎」を行った。1チーム6人が協力して電脳都市からの脱出に挑戦するゲームイベントだが、真の狙いはDXの意識付けだ。

産業商社の同社は工場全体を一元管理する「工場まるっとIoT」や、飛行ロボット(ドローン)を使ったプラントメンテナンスなど多くの商材を用意する。

小野社長は今後到来する市場のデジタル化に危機感を持ち、ドーワテクノスDX(DDX)を提唱。マインドセット(意識改革)を通じて顧客の課題解決、働き方改革、社会貢献を進める方向性を明確にした。「デジタルツールを活用してモノづくりのコンサルファームを目指す」と、現状からの脱出に挑戦している。

ヒートアップ

熱産ヒート(北九州市戸畑区、川口千恵子社長)
作業者に負担をかけず監視作業が行える遠隔メンテナンスシステムを構築した

「熱のエキスパート集団」を掲げる熱産ヒートは、溶接前後の熱処理に利用する加熱装置の設計・製作を手がける。加熱処理は100度Cから1200度Cまで幅広いが、特に300―700度Cの予熱・後熱や焼鈍を得意とする。

過去の顧客のデータ管理が不備に気付いた川口社長は、19年末にオンラインアプリケーションサービス「ゾーホー(Zoho)」の顧客管理システムを導入。ホームページ(HP)を刷新し、保有技術を分かりやすく発信する「環境対策展」を開設するなど営業力の底上げにつなげた。

製造現場では高周波誘導加熱装置の遠隔メンテナンスシステムを構築中で、近いうちにDXサービスとして販売を計画する。また3Dプリンターを自社開発するなどさまざまな挑戦が芽吹いており、DXにかける思いはヒートアップする。

甘さを排除

クラウン製パン(北九州市小倉北区、松岡隆弘社長)
カメラで顔認証や手指の汚れ確認、体温測定などを行う

焼き立てパンの甘い香りについ足を止めてしまう―。JR博多駅や池袋駅など全国11カ所で「ミニヨン」の名称でミニクロワッサン店を運営するクラウン製パンは、焼きたてパンを常時販売できるようIoT(モノのインターネット)トレー「焼くっチャ君」を導入している。陳列台に量りを設置し、焼き上げる時間を調整するもので、いつでも焼きたてが購入できる。

また各店舗に管理用カメラを置くことで、それまで店舗ごとに異なっていた職人の技量を均一にするとともに、リアルタイムで進捗(しんちょく)状況やクレーム処理を本社で一括対応可能とした。

一方、同市からDX導入補助金を得て顔認証カメラを導入、製造ラインへの入室管理を始めた。カメラを使って従業員の顔認証と上半身、手指の汚れ確認、体温測定などを短時間で行う取り組みは、食品工場では許されない甘さを排除している。

良否判定不要

リョーワ(北九州市小倉北区、田中裕弓氏)
MRグラスを装着すれば良(OK)、不良(NG)が一目で分かる

リョーワはゴーグルタイプのMR(複合現実)グラスで、工業部品などの外観検査を行うクラウドAI(人工知能)外観検査システムを開発した。ゴーグルを装着するだけで誰でも製品の良否判定ができる。

油圧機器製造やメンテナンスが主力の同社は、2011年の東日本大震災を契機に外観検査装置事業に参入するなどデジタル化へとかじを切った。ドイツ発のインダストリー4・0(第4次産業革命)に触発され、海外の企業や大学との連携を進めた。

今後は外観検査をスマートフォンでも利用できるようにして、中小企業への活用を促す。開発を強化するため、第5世代通信(5G)を常設提供するコワーキングスペースに事務所も確保した。同市からDX導入補助金を得て業務システムの刷新にも取り組むなど、その挑戦に良否判定は不要との決意。

愛で現場を支える

ゼムケンサービス(北九州市小倉北区、籠田淳子社長)
「AI+AR(愛ある)マネジメントツール」は誰もが簡単安全に作業する環境を整える

「女性を捨てるのではなく、生かすことを学んでほしい」。19年に開校した、けんちくけんせつ女学校(北九州市小倉北区)校長を兼務する籠田淳子社長は生徒らの前でこう訴える。インターネットと研修所を併用する同校は、建築士や現場監督などリーダーの育成を目指している。

同社の従業員10人のうち9人が女性、3人が一級建築士の資格を持つ。籠田社長は子育てや介護に追われる従業員を手助けするため全社にシェアリングの考えを浸透させ、業務を平準化した。基幹業務にかかる時間は、統合業務パッケージ(ERP)導入で半減させた。

現在は早稲田大学大学院情報生産システム研究科と連携し、人工知能(AI)と拡張現実(AR)を融合した「AI+AR(愛ある)マネジメントツール」の開発を進める。膨大な建築情報をデータ化し、通信を利用して現場と事務所をつなぎ経験の浅い若者でも作業に対応できるシステムだ。籠田社長の愛ある取り組みは、建築現場を支える柱となる。

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