健康と未来を守る「医薬品」(上)
政府・自治体の新型コロナ対策、ワクチン接種・治療薬の2本柱
新型コロナウイルス感染症との闘いが3年目に入る。先進国をはじめ各国でワクチン接種が広がり、治療薬として飲み薬の承認も進んでいる。ただ、新たな変異株「オミクロン株」の拡大が急速に進み、各国とも対応に追われている。国内も「第6波」の荒波におそわれている。政府と自治体はワクチン3回目接種を促進するため、情報発止や職域接種の負担軽減に注力する。
政府の新型コロナの対策はワクチン接種と治療薬の2本柱だ。大きい柱であるワクチン接種は世界200を超える国で進む。しかし時間とともに効果は落ちていく。米ファイザー製は感染予防効果が接種直後に約9割あるものの、半年後にほぼ半減する。米モデルナ製は接種4カ月以降、約8割に下がるとされる。
日本は2021年10月から12月にかけて、ワクチンの2回接種率が8割近くとなり、新規感染者数も全国で3ケタ台にとどまるなど、落ち着きを見せていた。
しかし21年11月に、南アフリカで発見された「オミクロン株」は、驚異的なスピードで感染を広げている。日本も第1号のオミクロン株感染者が12月に確認されて以来、1カ月もたたずに全国での新規感染者数は急拡大し、第5波を超える新規感染者数となった。
21年12月からは3回目接種が始まった。当初2回目接種から8カ月後としていたが、後藤茂之厚生労働相は、「できる限り追加接種の前倒しを急ぐ。準備ができた自治体から実施していく」とし、医療従事者や高齢者は6-7カ月後、一般も7カ月後に前倒しする方針。
もう一つの柱は、治療薬だ。承認されたのは国内外の医薬品メーカー製の7種類。中でも期待されるのが飲み薬だ。
厚労省は21年12月、緊急時に審査を簡略化できる「特例承認」に基づき、米メルクなどが開発した飲み薬「モルヌピラビル」を薬事承認した。軽症者向けの新型コロナ飲み薬としては国内初となる。またファイザー製の飲み薬「パキロビッドパック」について、22年2月に薬事承認した。
後藤茂之厚労相は「ファイザーとの間で、今年中に200万人分を購入することで最終合意しており、速やかに約4万人分が納入される見込みだ」と説明している。
国内メーカーでは塩野義製薬が年度内供給を目指す。自宅で服用できる治療薬の普及で、患者や医療機関の負担軽減が期待できる。
交互接種の有効性アピール
今後、新規感染者数と重症者数を低下させるためにワクチンの3回目接種がカギを握る。だが28日時点での3回目接種率は約19%と低調だ。
理由の一つに、ファイザー製ワクチンを希望する人が多いことが挙げられる。モデルナ製は発熱や腫れなどの副反応が強いと指摘されているため、一部に避ける動きがあるとみられる。
1、2回目接種では、約7割がファイザー製、残りの約3割がモデルナを接種しているが、3回目接種の配分量はモデルナ製が多い見通し。1、2回目接種とは別のワクチンを接種する「交互接種」が進まなければ、ワクチンが不足する見通しだ。
そのため政府や自治体は、モデルナ製ワクチン接種の促進に向け、交互接種の有効性のアピールに躍起となっている。大臣や知事が自らモデルナ製ワクチンで交互接種を行う様子を公開するなど、交互接種の情報発信に力を入れる。
厚生労働省の担当者は「ワクチンはともに十分な効果と安全性がある。スピード重視で接種を進めてほしい」と呼びかける。
職域接種の負担感が課題
3回目接種の加速に向け期待されるのが、企業や大学などでの職域接種だ。12日にANAホールディングス(HD)と日本航空(JAL)で開始されたのを皮切りに、16日に野村HD、17日にソフトバンクグループ、伊藤忠商事などで始まった。
ただ2月21日時点の職域接種の申込数は2765会場で、1、2回目接種までの7割弱程度にとどまり、伸び悩んでいる状況。理由は実施企業・団体の負担感だ。
関西経済同友会が会員企業に対して行ったアンケートでは、約82%が「負担が大きかった」と回答。「負担に見合う価値があった」と約61%が答えたものの、3回目については約18%が「あまり実施したくない」とした。準備で苦労した点については「医療・運営スタッフの確保」が最も多く、「運営マニュアル作成・研修など」「接種会場や設備の確保」が続いた。
前回の職域接種ではワクチンの供給が計画よりも遅れたことで、当初のスケジュール通りに接種が進められず、想定よりも費用が膨らんだ企業が相次いだ。そこで政府は職域接種の負担軽減に向け、接種会場の要件緩和や補助金の増額でテコ入れする。堀内詔子ワクチン担当相は「企業から接種人数の要件が厳しい、運営コストの負担が大きいとの話しが多くあったため」と説明する。
ただ、職域接種を加速するためには、ワクチンの打ち手となる医療スタッフの確保を含め、政府が企業や大学の負担感を軽減する支援が引き続き求められそうだ。
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世界の患者に届けたい/武田薬品工業・山﨑鈴花さん
武田薬品工業の山﨑鈴花(28)さんは、光工場(山口県光市)でがんの注射剤の製造や出荷のサポートを担う。トラブルの原因を探る調査業務、プロセスの変更を評価し実行する管理業務、薬の製造前に実際の機器を使って検証する業務が主な仕事だ。
京都大学大学院理学研究科生物科学専攻で一緒だった友人たちはITや食品関連の企業に就職した。自身は製薬企業に興味があった。武田薬品工業を希望したのは「武田薬品がアイルランドの製薬大手シャイアーを買収して、研究開発戦略を大きく変革していた時期で、希少疾患薬の開発強化を打ち出していた」からだ。「いつか希少疾患薬を作るためのサポート、世界の患者に届ける仕事がしたい」との思いで、2019年4月に入社した。
最初に配属されたのは同工場の原薬製造部。3交代勤務で、原料や機械部品など重量物を運ぶ力仕事もあり汗もかく。院卒女性の着任も初めてだった。「働くからには、女性も気持ちよく働ける職場環境を」と声を上げ、可動式台車の導入、女性専用の更衣室やシャワー室の設置を働きかけた。「最初は誰にどう説明し、納得してもらうのか悩んだ」といい、コミュニケーションを重ねながら、協力してくれる人の輪を徐々に広げた。多くの人の協力を得て、女性も働きやすい環境をつくることができた。
現在の注射剤の製造部署では、製造や出荷をサポートする中で、品質保証や品質管理、エンジニアリング部など他部門とかかわる機会が増えている。「薬をつくるということがどういうことなのかもっと学びたい。さらに薬を世界の患者に届ける部門でも働いてみたい」と希望を胸に抱く。
新型コロナの感染拡大で今は控えているが、趣味は同僚と行くキャンプと温泉巡り。そしてパフォーマンスグループ「AAA(トリプルエー)」のライブ。愛車の中は常にAAAの音楽が流れている。
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