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東日本大震災から10年。東北大が新設した研究拠点の足跡

東日本大震災から10年。東北大が新設した研究拠点の足跡

IRIDeSは東日本大震災の記録や資料も多く集めている(東北大提供)

東日本大震災から間もなく10年。東北大学が震災後に設立した「災害科学国際研究所(IRIDeS、イリディス)」「東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo、トモ)」の二つの研究組織は、復興や地域貢献、新産業創出、先端技術の社会実装などに広がりを見せている。震災の経験をこの10年でどのようにプラスに変えていったのか。二つの研究組織を追った。(取材=編集委員・山本佳世子)

復興へ実践的な研究

東北大は分野横断で課題解決型の研究を担う「災害復興新生研究機構」を、震災後まもない2011年4月に設立した。早期の設立は、研究者自身が不備を実感した情報通信や環境エネルギーなどで、「復興に向けた実践的な研究をしなくてはいけない」という情熱に突き動かされたためだ。

機構が設定した8プロジェクトに加え研究者が自主的に取り組む「復興アクション100+」もまもなく走りだした。研究者は一般的に、自身の知的好奇心に基づく研究が第一になりがちだ。しかし、東北大の原信義理事・副学長(社会連携・震災復興推進担当)は「本学では何かあるとさっと集まる雰囲気ができている。震災によって無理やり意識が変えられたためだが、それが今は強みになっている」と振り返る。

政府の資金支援を受けて、8プロジェクトの中の二つが、IRIDeS、ToMMoとして整備された。同大は17年、世界トップクラスを目指す「指定国立大学」に東京大学、京都大学とともに指定を受けた。理由の一つに両組織の活躍があった。東北大の地域貢献や社会実装に対する思いは、東大や京大とは異なる形で構成員の心に根を下ろしている。

ToMMoは生体試料の保存・提供で他研究機関の研究も支援する

震災から10年を迎えるが、学生や研究者など大学は構成員の流動性が高く、震災経験者は自然に減っていく。課題はIRIDeSが持つ大量のアーカイブ(保存記録)を、教育などにどう生かすか、だ。「震災の記録や記憶を継承していくこともまた、大学としての大事な使命」(原理事)と考えている。

災害科学国際研究所 安全な町づくり目指す

地震や火山など自然災害を対象とする研究所は国内のいくつかの大学にもある。しかし東北大のIRIDeSは理学、工学に加えて医学、人文・社会科学系も含むのが特徴。歴史学で約1000年前の古文書から地震・津波の過去を探ったり、地形学で数万年前からの津波堆積物により地震の頻度を見たりもする。震災時に活躍した医学研究者もメンバーにいて、新型コロナウイルスの大規模感染症も自然災害と捉え、研究対象としている。

外国人や女性の研究者比率が高く、学際性や国際性など、日本の研究の問題点を乗り越える意識を持つ。設立の経緯が特別だったため、他の研究組織とは違うミッションが課せられた面もある。

避難時の人間の行動なら心理学、脳科学、情報科学などからアプローチする。こういった学際研究は重要とされるが、どの大学でも容易ではない。しかしIRIDeSの場合は「復興現場の課題が目の前にあり、『専門の間にズレはあるが、何とか課題を解決しよう』という意識が強く働いた」と、今村文彦所長は指摘。相互理解に時間はかかっても「より安全な町づくりという共通ビジョンが、山の頂上として見えていれば、(専門により)出発点や過程が違っても一緒に登って行ける」と強調する。

IRIDeSの研究から地域産業をリードする大学発VB設立、産学連携による運用と理想的な展開となったのはリアルタイム津波浸水被害予測システムだ。18年設立の東北大発VB「RTi―cast」(仙台市若林区)が手がける。IRIDeSの津波工学、大学院の地球物理学、計算機工学と、スーパーコンピューター「AOBA」の研究成果を活用。産業界からはNECや国際航業(東京都千代田区)、地震情報サービスのエイツー(同品川区)が関わる。

同システムは地震の震源情報を自動で取得し、津波発生や浸水・被害を10分以内に、地図上の10メートルメッシュで予測するものだ。気象庁情報でマグニチュード6・5以上の地震が起きると、スパコンを通常使用から、予測のシミュレーションに優先的に切り替えて対応する。すでに内閣府の総合防災情報システムに採用されている。

RTi―cast最高技術責任者(CTO)でもあるIRIDeSの越村俊一教授は東京駅で震災に遭遇、16時間かけレンタカーで仙台に戻ったという。「災害直後は情報が途絶えたり入り乱れたりするだけに予測技術は非常に重要だ」と語り、「安定して運用し続けるには大学だけでは難しい」と、産学連携の背景を示す。さらに第5世代通信(5G)を組み合わせ、地震発生場所にいる人々を避難誘導するサービスを思案中だ。住民でも旅行者でも手元のスマートフォンに、浸水予想と避難先が即、送られてくれば落ち着いて対応できるに違いない。

東北メディカル・メガバンク機構 健常者の大量データ取得

ToMMoは被災地の健常者15万人超のビッグデータ(大量データ)の追跡取得で、病気の要因と発症をみる世界最先端の研究と、被災地の地域医療を両立させているのが大きな特徴だ。津波で東北沿岸部は紙の診療カルテが流出。それを省みて、医療情報のIT化で全遺伝情報(ゲノム)による未来型医療を設計した。生体試料を保存し全国の研究機関へ提供するバイオバンクも、この10年で構築してきた大きな資産だ。

患者のバイオバンクは国内でも東大などに大規模なものがある。しかし「近年、世界的に重要性が高まっている健康な一般住民については、本学が国内で群を抜いて大きい」とToMMoの山本雅之機構長は説明する。病気でない人から生体情報を提供してもらうことは、通常はハードルが高い。それが可能なのは、東北大の復興支援が住民の間で高く評価されているためだ。

地域住民調査は、自治体の特定健康診査を活用する(東北大提供)

研究は広がりを見せる。例えば家屋被害が大きかった人は歩き回ることが減りメタボリック症候群や骨密度低下のリスクが高いことを明らかにした。この関連でJR東日本とは歩行習慣と肥満度、交通網の関連について共同研究を実施。オムロンヘルスケア(京都府向日市)とは、家庭での血圧値と生活習慣要因の関わりの研究に取り組んできた。

一方でゲノム配列の個人差である遺伝子多型と嗅覚の関連を豊田中央研究所(愛知県長久手市)と評価する斬新(ざんしん)なテーマもある。多くの苦しみや悲しみの経験を独自性に変えていく前向きな姿勢は、他の大学改革でも参考になりそうだ。

関連記事:東大、京大に次ぐ存在感。東北大の変化を東日本大震災10年から探る
日刊工業新聞2021年1月29日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
大学の研究組織は、組織の規模も予算も実績もかなり幅広い。今回の2組織ほどの「大学の顔」となる拠点が数件、あるのが理想だ。もちろん東北大の場合は、震災復興で国から大きな予算がついてのものだが、政府関係者の評価は、それを差し引いても、のものとなっているようだ。大学は創造的な存在だけに、「マイナスをプラスに転換する」という前向きな姿勢を、どの大学でも大事にしてほしい。

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