「『できる』と『やりたい』の重なりを広げる」コーセー女性役員のキャリア道

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写真はイメージ

技術系人材もリーダーになるには専門や職種の転換を受け入れる必要がある。しかし女性の場合は20、30歳代で公私が激しく揺れ動き、キャリアの危機に直面しやすい。解決が難しい環境下で、どのように自らと向き合うか。コーセーの小椋敦子執行役員に、ポジティブシンキングのヒントを聞いた。

―化学系の研究員から一転、化粧品新ブランドの立ち上げに奔走しました。

「2年目にさっそく転機がきた。商品開発、企画、販売と一連の行程に関わり、ビジネスパーソンの基礎がここでつくられた。店頭販売スタッフと議論するなど、研究員と異なる相手との仕事で視野が広まった」

―出産後、研究所のITチームに異動するも、まだ育児休業制度のない時代でした。

「保育園からの呼び出しも頻繁で、仕事は重要度の低い期限のないものに限られる辛さがあった。しかし自らの力で変えられないことを、悩んでいても仕方がない。仕事がないなら自分でつくる。研究日程の管理や化粧品成分の表示関係など、急ぎではないが役立つシステムを考えて取り組んだ」

コーセーの小椋敦子執行役員

「周囲の活動に興味を持ち、自分だったらどう判断するかと考えて、実際の結果と比較するといった訓練も始めた。これは今も習慣になっている。鬱屈した期間を乗り越えて、今の自分がある」

―ITは得意だったのですか。

「食わず嫌いだったがやってみると、非効率なものを次々に変えていくITシステムは自分に合っていた。研究員に向いていないかもしれない、という意識もうっすらあった」

「そのためさらに、全社の業務改革のシステム開発・導入プロジェクトに関わることになったのは、チャンスだった。若い時に苦しさを乗り越える経験をしたことで、新しい挑戦にワクワクした」

―責任ある立場になりたくない、という女性もいるようですが。

「私は管理職になりたいと強く思っていた。職位が上がると、こうすべきだと自分が信じることを実行できるようになる。そうでないといつまでも“決めてもらう側”だ。『できる』と『やりたい』の重なりを広げる、チャレンジにまさる成長はない」

【略歴】おぐら・あつこ 88年(昭63)お茶の水女子大理卒、同年小林コーセー(現コーセー)入社。06年業務改革部課長、07年情報統括部課長。15年同部部長。19年執行役員。静岡県出身、55歳。

【記者の目/研究所の女性に心構え伝授】

若い頃は体調を崩しやすかった。それが研究所への通勤の自転車に子どもを乗せて、いつのまにかタフになったという。声を挙げて笑う癖も自他、心身ともにプラスだろう。同社の研究所は今や女性が4割程度。「突然、訪れるチャンスに向けて準備万端に」と励ましている。(編集委員・山本佳世子)

日刊工業新聞2020年10月9日

COMMENT

山本佳世子
科学技術部
論説委員兼編集委員

企業の女性活躍を大きく変えたエポックとして、この連載を始める前は、「男女雇用機会均等法の施行がなんといっても、大きい」と思っていた。が、取材をする中で「育児休業制度の確立の方が、大きかったかもしれない」と思い直すようになった。同制度がなかった均等法第一世代のワーキングマザーと、同制度を活用してきた次の世代のワーキングマザーとで、職場における働きやすさは段違いだからだ。そしてこれからは、ワーキングマザー同士が昇進を競い合い、ビジネスパーソンとして切磋琢磨することが増えるのだな、と感慨深く思った。

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