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突破はわずか4件、研究者に意識改革迫るJST事業の中身

突破はわずか4件、研究者に意識改革迫るJST事業の中身

複雑な群衆行動予測に取り組む西成教授(本人提供)

科学技術振興機構(JST)は未来社会創造事業で、プロジェクトの途中終了や再編など大胆な事業運営を進めている。数年間の探索研究に取り組んだ57件が、ステージゲートなどの評価にかかり、突破はわずか4件だ。培養肉や群衆制御など斬新で、事業可能性のある案件のみが本格研究に進んだ。大学の研究者は企業と異なり、プロジェクトの中断や見直しに慣れていない中、失敗を否定せずに挑戦する意識改革が進むか注目される。(取材=編集委員・山本佳世子)

4件のうち食品や流通・運輸、製造プラントと多業種が注目するのは、東京大学の竹内昌治教授の培養ステーキ肉だ。ウシ筋芽細胞からサイコロ型まで実現したが、培養液が高価だ。そこで同事業の運営会議の調整で、藻類抽出物を栄養源に細胞培養する別の研究グループと再編し、本格研究に進んだ。

新型コロナウイルス感染症や大規模災害で期待されるのは、個人特性を加味した移動情報サービスだ。東大先端科学技術研究センターの西成活裕教授が、サイバーの群集行動予測とリアルな誘導の組み合わせに挑む。

早稲田大学の所千晴教授の異種材料の製品解体は、新規電気パルス法がキーで、これを前提とした製品・リサイクル法につなげる。東大の東原和成教授は、嗅覚メカニズムに基づいた香りビジネスの創出を掲げている。

同事業は2017年度にスタート。1件最大3500万円程度で多数の探索研究を支援する。絞り込んだ後に1件最大7億5000万円の本格研究という設計が注目を集めた。実際に評価を経て「探索研究だけでの“卒業”に研究者、評価者双方から苦しい声が挙がる」(JSTの未来創造研究開発推進部)という。しかし基礎研究と実用化の溝を埋めるには、論文発表を成功とみなす研究者の意識を変える必要がある。事務局は「区切りを付けて次の挑戦に向かう、『失敗を許容する』文化を日本で根付かせたい」(同)としている。

日刊工業新聞2020年8月27日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
「失敗を許容しない日本を変えるべきだ」という声は、内閣府のムーンショット型研究開発や、ベンチャー支援の施策で何度も耳にしてきた。日本人は周囲から責められるのを恐れて、ビジネスでも研究開発でも斬新なものを打ち出せないというのは、確かにあると思う。培養ステーキもJSTでのスタート時には、まだ周囲の理解が得にくかった(気持ち悪いetc)という。その後、世界的に植物由来成分の人工ミンチ肉の市場が動きだし、ミンチでなくかたまり肉の新市場に対する企業の関心が高まっているという。何がよくて、何が悪いかなんてわからない。基礎研究に基づくイノベ-ションを掲げるのなら、それくらいの柔軟性が必要なのだ。

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