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中川政七商店14代目、千石あや社長「『共感』が商品選択の基準になる」

中川政七商店14代目、千石あや社長「『共感』が商品選択の基準になる」

展示会のキャッチコピーは「出でよ産地の一番星。作り手たちの登竜門」。「これによって産地が活気づくことを期待します」(千石社長)

 工芸を生かした生活雑貨の企画製造・販売で業績を拡大している中川政七商店。1716年に奈良晒の商いで創業し、近年は直営店展開を加速。製造小売り(SPA)業態を確立している。一連の戦略の背景には作り手の思いを消費者に直接伝えることで、「日本の工芸を元気にする」とのビジョンがある。14代目となる千石あや社長に、ビジネスとしての伝統的工芸品の可能性を聞いた。

変わる商品選択の基準


―昨今の消費者の嗜好や消費スタイルの変化をどう感じてますか。
 「消費者が主体的に商品選択する流れに完全に変わったと実感します。流行っているから、あるいは憧れの誰かが持っているから求めるのではなく、自分が好きだから、心地よいからその一品を選ぶー。主語はあくまで『私』なのです」

―すると、何が商品選択の価値基準になるのでしょう。
 「『共感』です。作り手に対する『共感』、あるいはものづくりの姿勢そのものに対する『共感』。商品の背景にある思いやストーリーを知ったうえで、手に入れ、愛着を持って長く使うのです」

 「一方で『共感』を得ることは一筋縄ではいきません。当社でもそうですが、職人さんに『よいものを作っていれば売れる時代ではないですよ。魅力を伝えることが大切です』と訴えながらも、心のどこかで、声高にアピールしなくても本当によいものならば分かってもらえる思いが払拭できない。難しい課題です」

中川政七商店14代 千石あや社長

作り手の思い、どう伝える


―では、どうすれば。
 「作り手と消費者の接点を増やすことはそのひとつです。最近のもうひとつの変化として、産地が主催する工芸イベントが活況を呈していることが挙げられます。一例ですが、福井県鯖江市や三重県菰野町などでは、地域の観光資源と組み合わせ、域外から多くの人を呼び込むことに成功しています。産地を訪ね、作り手の思いの一端に触れる人が増えることで、一層、『共感』を伴った消費スタイルが広がるのではないでしょうか」

―こだわりを持って商品を選ぶ傾向は、昨今の「丁寧な暮らし」ブームを牽引する一部の人にとどまるわけではないのですね。
 「そうです。消費者にとってこれからの商品選択の基準は『ライフスタイル』ではなく『ライフスタンス』に変わりつつあります。『ライフスタイル』の背景には憧れやお手本とする存在がありますが、『ライフスタンス』はあくまで、自分自身が主役。他人はどうであれ、自分はこれが好きだから選ぶという主体的な姿勢がより強まっていくと感じています」

―そうなれば、大量生産とは一線を画す、伝統的工芸品の魅力が再認識されるのでは。
 「私たちは、繊細な螺鈿細工が施されているような高級工芸品を扱うケースはあまりないのですが、伝統的な技法を生かしつつ、現代の生活にマッチする新たな商品を作り出したいと考える産地は積極的に応援しています。もちろん挑戦意欲は大切ですが、それ以上に重要なことがあると考えています」

―どういうことですか。
 「産地を活性化する上で、私たちが重要だと考えるのは伝統工芸の世界に経営意識を醸成することです。産地の方とお話すると、自身の経営状態を把握されている方が非常に少ない。例えばどのような年間スケジュールで商品展開しているのですかと尋ねると、注文が来たらと。あるいは、利益率で商品の販売動向を把握していない。決算書を通じて、実情を丁寧に分析してみると経営実態が見えてきます」

インタビュー当日は同社主催の合同展示会「大日本市」が開催されていた

伝統工芸に経営意識を


―それは自社の経験から学んだことですか。
 「そうです。先代(現会長の中川政七氏)の入社当初は、予算表はありましたが、茶道具部門と生活雑貨部門で販管費は分かれておらず、部門ごとの正しい収支も把握できない状況だったと聞いています。経営の基本を実行した先に、ブランド構築があると考えます」

―こうしたノウハウをコンサルティング事業として2009年から展開していますね。
 「ええ。これまでに20社のコンサルティングが完了し、10社が進行中です。家業を継いだ二代目、三代目の若い世代が、これからの事業のあり方を模索する中で、私たちに声をかけて頂くことが少なくありません」

―今春には台湾でもコンサルティング事業に乗り出すことを発表しました。
 台湾当局からの要請で『台湾デザインセンター』と協力覚書(MOU)を締結しました。日本でやるべきことが多々ある中で、海外に踏み出してよいのか悩んだのですが、これまで私たちが地道にやってきたことを評価頂いてそれを台湾の伝統工芸に役立ててほしいという依頼だったので、何らかの形で貢献できればと決断しました。将来、海外での店舗展開を検討する上でも、市場を学ぶことは意味がある。そう考えています」
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
METIジャーナル、9月の政策特集は「現代を彩るTAKUMI」です。

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