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激甚化する自然災害、メディアをフル活用し始めた行政の狙い

国土交通省 島本和仁氏インタビュー
激甚化する自然災害、メディアをフル活用し始めた行政の狙い

島本和仁氏

 200人を超す死者を出した「平成30年7月豪雨」は、行政当局にとっても衝撃だった。国土交通省は2018年秋に『住民自らの行動に結びつく水害・土砂災害ハザード・リスク情報共有プロジェクト』を立ち上げ、各種のメディアと連携して地域住民の“逃げ遅れ”を防ぐ取り組みに着手した。災害を「わがこと」として受け止めてもらうために、できることは何か。同プロジェクトを担当した国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川情報企画室長の島本和仁氏に、具体的な行動計画を聞いた。

 ープロジェクトの概要を聞かせてください。
 「行政が何か政策を決めていく際には、学識者・有識者で構成する会議で議論し、そこで得られたご意見を報告書にまとめ、政策に反映するプロセスをとることが多いです。けれど今回の『住民自らの行動に結びつく水害・土砂災害ハザード・リスク情報共有プロジェクト』は“実行部隊”の方々と私たちが一緒になって、万一の災害時に、住民や自治体にうまく情報が伝わる仕組みをつくっていこうという形をとりました。これは行政としては、珍しい取り組みじゃないかなと自負しています」

実行部隊とは?


 「台風や集中豪雨などの災害が起きた時、行政は危険性などの情報を発信する側です。それを住民に伝える役割を果たしているのが、マスコミをはじめとするメディアの皆さんですね。行政は記者発表をするのが主体で『後はお願いします』というのが一般的なんです。しかし今回は、実際に情報を伝える立場の方々に集まっていただき、私たちとコミュニケーションをとりながら情報伝達の相乗効果を高める方法を話し合いました」

 「テレビ、ラジオ、新聞などマスメディアに加えて、緊急時に大きな役割を果たすようになってきたネットメディアの方々、具体的にはLINE、Twitter、Google、Yahoo!の方々と、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクという携帯電話大手の方々に集まっていただきました。それにお天気キャスターの団体の方ですね。“お天気キャスター”の方々は気象や災害の専門用語を、いかに分かりやすく伝えるかを日頃から考えているそうです。さらには自治体、地域の防災活動支援団体、公的な交通情報や地域防災情報を所管する機関などに声をかけて、2018年10月に最初の会合を開きました」

 ー大かがりですね。それだけ危機感があったということでしょうか。
 「昨年の『平成30年7月豪雨』がショックだったんです。あの豪雨では、72時間降雨量で観測史上1位を記録した地点が123カ所。48時間降水量だと125カ所にのぼります。観測史上1位とか、7月として1位になった地点を日本地図に書き込むと、西日本の広い範囲や北海道が“真っ黒”になってしまう。それだけの豪雨でした」

 「河川の氾濫では、岡山県倉敷市の真備町の例が特徴的でした。高梁川水系の小田川で、市がもともと出していた洪水ハザードマップ(国土交通省ハザードマップポータルサイト)の浸水想定区域(浸水ナビ:国土交通省地点別浸水シミュレーション検索システム)と、実際の氾濫で浸水した地域は、ほぼ一致していました。残念ながらこの中で高齢者を中心に51名の方が亡くなりました」

 「災害が起きると、よく“未曾有の・・・”という言葉が使われます。でも、あの豪雨の時には、前もって危険性が指摘されているエリアで、ほぼその通りの浸水が起きました。記録を見ると、河川管理者は川の水位が上がって危険になっていく中で、氾濫警戒情報や氾濫危険情報などを逐次、発信しています。気象庁も大雨注意報を大雨警報に引き上げていますし、大雨特別警報も出していますし、倉敷市も避難勧告や避難指示(緊急)など順次、発令しています。時間が経過するにつれ、その地域が危なくなってきていますという情報をリアルタイムで流していたんですが、結果としては亡くなった方が多数いらっしゃったことが残念です」

“波状攻撃”的な情報発信を


               

 ー危険情報が避難につながらなかったから被害が拡大したのですね。
 「真備町だけでなく、土砂災害でも同じ傾向があります。『土砂災害警戒区域』の指定など土砂災害の恐れのある箇所をお知らせしていますが、土砂災害で亡くなった方の約9割は、そういう“危ない場所”で被害にあっています」

 「NHKの調査ですが、避難所に行った人の“きっかけ”は周辺環境の悪化、消防や警察、近所の人の呼びかけが上位でした。つまり、人々が避難の“きっかけ”として意識しているのは、自分の目で見たり、人から聞いたりすることがほとんどなんです。自治体の避難情報や、国の河川・土砂災害の情報を避難の“きっかけ”にしたと回答した人は、非常に限られていました。私たちは情報を出すことに一生懸命でしたが、伝えることが弱かったのではないか、人々を動かすまでの情報の伝え方になっていないという課題が浮かび上がってきました」

 ープロジェクトでは、どんな議論がありましたか。
 「関係者が一様に『平成30年7月豪雨』で感じたのは、一斉に伝えるブロードキャスト型の情報を聞いても、住民は『大変なところがあるんだな』と他人事のように感じてしまうということです。そこで、どうやって個々の人に伝えるかということについてキーワードを2つ作りました。ひとつは個人カスタマイズ化。他人ではなく『あなたにとっての情報だ』というふうに変えていかなければいけません。もうひとつはローカル化。他の地域の人が聞いても分からないような地名や川の名前が出てくると『あっ、これは私のことだ』とピンとくるだろうなと考えました」

 「会議の結論として、従来のものに加えて今あるメディアをフル動員して情報を伝えていかなければいけないということを確認しました。全部で33の施策を決めたのですが、いわば“波状攻撃”的に情報を出して、住民の方の避難を促すわけです。国として情報を流すだけではなく、伝わるまでメディアや関係者の方と連携して、セットで考えていかなければいけないという問題意識です」

 水害や土砂災害が迫った時、国は情報を流すだけでなく、住民の避難につながるような工夫が必要だと国土交通省河川情報企画室長の島本和仁氏は説く。メディアとともに、どんな工夫をしようとしているのだろうか。

 ー“波状攻撃”的に情報を出すというのは、どんなイメージでしょう。今までとはどう違いますか。
 「博報堂DYメディアパートナーズが生活者のメディア接触の現状を調査しているのですが、この最新の“メディア定点調査2018”時系列分析によれば、メディア総接触時間についてみると、2006年時点では、8割がテレビ、ラジオ、新聞が占めていました。しかし、それが2018年だと5割まで減って、残りの5割はスマホ、タブレット、パソコンなどのネットメディアに接している状況となっています。私の周りでも、若い人の中にはテレビは持ってなくて、スマートフォンだけという人がいるような状況になっています。こうした状況を冷静に受けとめると、行政もLINEやTwitterなどのSNSの公式アカウントを通じて正確な情報を伝えていくようにしなければならない状況かと思います。これまでも平時のイベント情報の拡散などはSNSメディアを積極的に使っているのですが、災害時だと手が回らない部分があった。そこをしっかりやっていかなければならないと思います」

 「一方で、既存のテレビやケーブルテレビに頑張っていただくのは、放送から個人それぞれにとって必要な情報やローカルの情報への誘導です。2次元バーコードを積極的に画面に出して、『地域の情報をネットで確認して下さい』と訴える。新聞の紙面にも、ハザードマップなどへの二次元バーコードリンクを掲載してもらうようにします」

 ーネット重視を明確にするわけですね。他には?
 「防災情報は伝統的に文字情報とか数値情報(国土交通省 川の防災情報)での表現が中心だったんですが、河川監視用カメラ映像をどんどん一般視聴者に流すことによって“見た感覚”で住民の方に危険を理解してもらうようにします。また、国土交通省としても、水害のプロとしてテレビ・ラジオ等に出演して危険性を解説するような流れを作りたいと考えています。ネット上の気象や水害、土砂災害の情報についても、これまでは気象庁や自治体などに分かれて発信されており、分かりにくいことから、統合したポータルサイトをつくって、そこを見た人が、水害に関係する全体の状況がすぐ分かるようにしていくことも計画しています」

 「それでも、住民が避難を決断するには最後に何か“後押し”するものが必要だと思うんです。そこは携帯電話の緊急速報メールを活用して、メールが届いたら『やばい、もう逃げなきゃ』と感じてもらうようにしなければなりません。緊急地震速報に比べて水害の緊急速報メールはあまり知られていないので、避難を決心する最終の“プッシュ型情報”として、うまく活用していかなければならないと考えました」

 ー盛りだくさんですね。
 「実行部隊の方と議論をしましたから、いろいろ問題点も分かってきました。たとえば『ワンフレーズ・マルチキャスト』という言葉をつくったんですが、テレビ、ラジオやカーナビゲーションなど、いろいろなメディアに流す情報の表現をいちいち変えないで、ひとつのフレーズにしてどのメディアでもそのまま使えるようにしていければと思います。Twitterがここまで普及した理由の一つが、短い文章で要点が伝えられるからだと思います。テレビに、ラジオに、新聞に、ウェブに、Twitterにと、同じ言葉で状況が伝えられるようにしていくことが大事だと思います。さらに、細かなところでは、公式な発表文にしっかりとフリガナをつけるということもあります。ローカルな地名が増えると、どう読むか分からないケースが出てきてしまいます。するとテレビやラジオだと間違いを恐れて、そこを後回しにしてしまうこともあるようなんです。だから、意外とフリガナがメディアにとっては重要なんです」

リアルタイムでローカル化情報を


                   

 ー携帯の“プッシュ型情報”は、どんな仕組みですか。
 「市町村単位のエリアメールです。市町村域の中にある携帯電話にいっせいに『危険が迫っています』というメールを流します。将来的にはスマホで個人の位置を特定して、より詳細なリスク情報をカスタマイズして送るようなことも可能になると思いますが、個人それぞれに応じた適切な情報を提供できるようにするには情報の取捨選択する技術が必要で、それにはまだまだ技術開発が必要です」

 「同時に国としては、水害リスクの予測精度を高めようとしています。今までは『○○川が危ない』と川単位で危険性を示していたものを、河川を細かく分割して危険度を塗り分けて示すことを考えています。川には川幅が広いところも狭いところもあるので、狭い部分ではすぐに水位が上がって危険になることはよくあります。そうしたことをシミュレーション技術を使って予測し、さらに実際の計測値と照らして精度を上げます。そういう形で、リアルタイムにローカル化した情報を提供しようとしています」

 ー画像情報をメディアに流す方法は?
 「河川の監視カメラなどの映像は、これまでもメディアに提供しているんですが、もっと活用してもらいたい。災害時には地域のケーブルテレビなどコミュニティチャンネルを見る人が多いというので、地方整備局や河川事務所と地域のケーブルテレビ局を結んで、オンラインで河川の映像情報を渡すような仕組みを積極化していきます」

 ー“プッシュ型情報”は最初は新鮮でも、いずれ慣れてしまうのではないでしょうか。
 「慣れの問題は常にあると思います。行政としては、手を変え品を変えやっていくような工夫も必要でしょうね。避難の決断は、最後は個人の判断による部分が大きいですし、平素からの防災教育とか個人の意識を高めることとも関係してきます。人間は論理的に行動するだけでなく、“情”でしか動かない部分もありますから、そこは情の活用も含め更に様々な工夫が必要だと思います」
<プロフィール>
しまもと・かずひと 1970年福井県生まれ。95年建設省入省。近畿地方整備局 足羽川ダム工事事務所長、水管理・国土保全局治水課 企画専門官、四国地方整備局 徳島河川国道事務所長などを経て、2018年7月より現職。パソコン黎明期の1980年代前半の小学生のころから、8ビットパソコンに親しむなど、IT・メディア機器に熱中してきた“デジ物好き”。現在の河川情報管理におけるネットワーク業務に素養が生かされている。現在の業務をひと言で表すと「河川情報の発信者」。水害情報を“発信”から国民に“届ける”までの官民メディア連携プロジェクトの現場を仕切る。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
日刊工業新聞では昨年の「Grasp」の立ちあげに協力してきました。取材やコンテンツの供給での支援は今回が最後になります。今後の「Grasp」の進化を期待しています。

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