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生活を科学的に解析するためのAI、日本と米中の使い方の違い

日本は福祉やQOLの向上を志向する    
 人工知能(AI)が企業や研究機関の研究開発そのものを深く進化させている。AI技術を使って材料や製造技術、生活科学などの分野で研究を進める非AI分野の研究者たちが、従来にないデータ解析手段を学んでフル活用しており、成果が相次ぐ。AI研究者でなくても、AI技術の取得は研究に不可欠なものとなるかもしれない。

開発期間を短縮 80億通りから最適解


 「経験的にいえば、開発期間がだいたい3分の1になった」と日本触媒事業創出本部の右田啓哉研究員は実績を振り返る。社内で研究者から実験データを預かり、データ科学やAI技術を駆使して解析することで、触媒設計の勘所を導き出す。

 必ずしもビッグデータ(大量データ)解析のように膨大なデータを集める必要はない。数十件程度の小規模なデータでも適した分析手法を選び、開発を加速している。

 データ分析はあらゆる科学の基本だ。これまでも効率良くデータを集める「実験計画法」や、多様な因子から影響の大きい因子を探す「主成分分析」など、データを扱う手法はあった。近年の世界的なAIブームを受けて再検証され、AI導入が進んでいる。

 東京大学の塩見淳一郎教授と新潟大学の桜井篤准教授らは、赤外線吸収材料の開発に機械学習を応用した。研究グループは半導体材料や誘導体材料の薄膜を積層することで、特定波長の赤外線を吸収する構造を作り出そうとしている。だが膜厚や材料の種類の組み合わせは約80億通り存在した。人間が考えて検証していては到底、終わらない。そこで「ベイズ最適化」という機械学習法を取り入れ、構造を絞り込んだ。絞り込みと理論性能の予測を繰り返し、全体のわずか2%の探索だけで高性能材料を見つけることができた。桜井准教授は、「研究者の直感では思いつかない構造にたどり着いた。結果をみて解釈すると、その合理性がよくわかる」と振り返る。

            

 一般的に、人間が多層構造を設計しようとすると、規則性のある構造を基本に考えてしまう。これに対してAIは、多層構造の上3―4層を周期性のある構造とし、下層は非周期性の構造を混ぜた。周期構造で目的とする波長の吸収を高め、非周期構造で他波長の吸収を防いでいた。

 桜井准教授は、「既存手法では局所最適に陥る問題でも、ベイズ最適化なら全体最適になる」と期待する。

現象の理解進む 少ないデータでも解析


 慶応義塾大学の緒明佑哉准教授と東大の五十嵐康彦客員共同研究員らは、多層材料をバラバラにしてナノシート(ナノは10億分の1)を製造する過程にAI技術を応用した。多層構造の酸化チタンに有機分子を導入し、溶媒に混ぜると各層のシートが分散する。この有機分子と溶剤の組み合わせを100データ用意し、多様な検証項目があっても、少ないデータで情報を抽出できる「スパースモデリング」で分析した。緒明准教授は、「研究室で集められる少ないデータでも解析できる」と説明する。

             

 実際には、予想した35因子の中から溶剤の粘度などの五つが有力候補になった。実験で有機分子と溶剤分子の分極率が効いていることが確かめられ、ナノシートの収率は5―10倍に高まった。緒明准教授は「分散というさまざまな因子が影響しあう現象の理解が進んだ」と振り返る。

 材料や製造技術のように理論化しやすい分野では、開発の効率化と科学的な理解の双方でAI技術が貢献している。産業技術総合研究所人工知能研究センターの辻井潤一研究センター長は、「科学的な理解が進めば、理論的な性能予測が向上し、より確度の高いデータが集まる。データと理論の両方のアプローチが向上する好循環を起こせる」と期待する。

混沌を解析 画像認識からデータ化


 AIは、人間の生活を自然科学や人文、社会学を応用することで衣食住などの環境を改善する「生活科学」といった、理論化の難しい分野でも有効だ。データ収集技術として導入が進んでいる。

 もともと研究者にとって日常生活の研究は最も身近でありながら、その多様性と変化の速さが課題だった。生活空間に存在する日用品は多種多様。その使い方も独自にアレンジされることが多い。

 アンケートやヒアリング調査で事例を集めても、各人の無自覚なアレンジはデータになりにくい。だが小さな誤使用は、けがや火事などの原因になりかねない。

 AIの導入はこうした状況を変えつつある。画像認識AIの進化によって、一般物体の認識や人間の動作解析が大きく進んだ。同時に顔認証も精度が向上し、カメラの映像から特定個人を追跡することで、その動作や使っている道具、環境を記録できるようになった。

 産総研の西田佳史首席研究員は、高齢者の行動データベースを構築している。高齢者施設に距離カメラを設置し、身体機能や認知機能ごとに生活動作や映像を記録する。例えば身体機能が低下した高齢者は、ベッドの手すりをどうつかんで身体を支えるのか、イスからの立ち上がり方やつえの持ち方などを、映像で確認する。メーカーが誤使用やけがの防止策を検証できるようになる。データベースは参加者の同意を得て公開している。

 西田首席研究員は、「AIで家具や日用品から生活シーンを分類し、その動作も計測できるようになった。データをためてリスク因子などを明らかにしたい」と展望を話す。

 AIは、混沌(こんとん)とした生活を科学的に解析する基盤になろうとしている。こうした技術は中国は国家統制、米国のIT企業はマーケティングに使っている。辻井センター長は「米中と同じ技術でも、日本は福祉やQOL(生活の質)の向上を志向する。AIの使い方に国の特徴が出ている」と指摘する。

 政府は文系の大学生を含めて、広くデータ科学やAIを学ばせる教育政策を打ち出している。研究現場ではAIの活用がますます広がりそうだ。

         

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2019年2月○日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 ポスト平成の研究者にとって「読み・書き・そろばん」は「読み・書き・AI」になるかもしれません。データ科学やAIの先生は強く推しています。そして政府の方針で大学ではAIデータ関連の授業が広く必修課目になりそうです。企業の技術者にとっても同様です。生産プロセスなど、熟練者に頼っていた細かなチューニングがベイズ最適化や強化学習で試みられ、実際に製品化やサービス化になる例が増えてきました。原理原則のある分野ではデータアプローチの確かさを検証できるためモノになりやすいです。原理原則や現象がわかってしまえばシミュレーションに入れ込んで、さらにデータを増やせます。対して生活や社会科学などの多様で変化が速い分野では、データの生成や精製にAI技術を使っています。多様性や変化自体を丸ごと捉え続けるアプローチができるようになってきました。  一度、科学全体を横断的に、データが充分とれる分野なのか、シミュレーターや原理原則はどの程度現象を再現できているのか、当該分野の研究者はどのくらい次元を削減する能力をもっているのか、情報科学の視点で研究活動自体を評価したら面白いと思います。情報系の研究者は異分野連携を宿命としながらも、組む相手がどのくらいデータや知見をもっているのかわからない状態で連携してきました。バイオインフォマティクスを初めとして、材料や製造技術、宇宙、気象、社会科学など、分野はそろってきました。学術界を横断的に評価できれば情報系の若手が連携先を見定めやすくなると思います。融合研究でたくさん火傷をしてきたからこそ、異分野の研究者を客観評価できる素地は整っているように思います。

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