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シェアリング経済が克服すべき日本の“超・不安社会”

中村伊知哉氏インタビュー
 新しい経済の形としてシェアリングエコノミーが注目されている。カーシェアや民泊などにとどまらず、モノ、場所、スキル、ヒト、お金のシェアリングと商品やサービスにも広がりを見せている。その急速な成長は情報通信技術(ICT)抜きには語れない。情報革命の進展は多くの分野で、社会構造や経済活動を変えつつある。その典型的な表れがシェアリングだと慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の中村伊知哉氏は分析する。ITやコンテンツ政策に深く関わり、政府のシェアリングエコノミー検討会議の委員でもある中村氏に、シェアリングがもたらす未来を聞いた。

 ーシェアリングエコノミー検討会議は、政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部、本部長=安倍晋三首相)の一部門ですね。日本のITインフラ構築の司令塔であるIT総合戦略本部と、シェアリングとの関係は?
 「どこから話しましょうか。まず、ライフスタイルの変化とITの進化が、シェアリングエコノミーの背景にあります。従来はプロが作った製品やサービスを消費者が買う社会でした。しかし今の時代は所有というニーズが薄れました。製品を買うより、自分で作ってシェアすることが好まれます。音楽シーンひとつとっても、DVDは買わないけどライブに行って、皆で盛り上がる。僕が着ている和服も全部、古着をネットで買ったものです。そういう社会をITが生みました」

 ー社会インフラのひとつの形である、ということですか。
 「普及・定着には課題も多いですし、時間もかかるでしょう。最初は自動車や民泊のように目に見える、大きなものがシェアされます。しかし、いずれは自転車や家電製品のような小さなものが対象になり、最後には時間とか個人のスキルとか、目に見えないものがシェアされるようになります」

 「社会を安定させる仕組みには、国や自治体が支援する『公助』、自分自身が努力する『自助』、そして皆で助け合う『共助』があります。そのうちの『共助』に脚光をあてたのがシェアリングです。『B2B(Business to Business)で、プロが消費者に製品・サービスを供給するタテ社会』は、業界ごとに法律や規制で官庁が管理する仕組みでした。『C2C(Consumer to Consumer)で、アマチュア同士がシェアリングするヨコ社会』は、昔ながらの“業法”ではコントロールできません。行政も変わらないといけません」

安心が普及のカギ


 ー普及・定着に向けた課題とは何でしょう。
 「まずは不安の解消ですね。日本は“超・不安社会”です。実際にはとても安全なのに、新しいもの、実績のないものが警戒されます。皆に『安全だ』と感じてもらう仕組みを整備しなければなりません」
 「もうひとつ、日本が便利すぎることも普及の障害になります。交通に関していえば、米国の西海岸で自動車シェアリングが発達したのは、十分な公共交通インフラがないからです。日本の都市のように地下鉄やバスの路線網が発達していたら、シェアリングのニーズは限られるかもしれません」

 ーむしろ地方都市や人口減少地域の方がシェアリングの恩恵を期待できますか?
 「それだけでなく、日本は課題先進国なので社会変革に向けた多くのチャンスがあるのです。高齢化問題、待機児童問題、都市のスポンジ化の解消など、行政も様々に取り組んでいます。今後は、それに加えてシェアリングエコノミーが役立つのではないかと思います」

 ーシェアリングの不安解消の具体策を教えて下さい。
 「検討会議では、民間が自主ルールを設け、シェアリングのサービス内容や主体を“見える化”してそれを認証する仕組みを提言しました。行政が規制によって安全を保証するのではなく、サービスの提供者・利用者の信頼と評判によって普及を図ります。政府は“ベストプラクティス(成功事例)”を推奨し、いわば『ほめて伸ばす』方法をとります」
 「もう一点、サービスを利用する側にも賢くなってもらわなければならないと思います。サービスの質は必ずしも保証されていないのですから、公表された評判を参考にするなりして、見極めることが大事です。最初は大手のシェアリング事業者に頼るかもしれませんが、いずれ利用形態は変わり、C2Cになっていくでしょう」

 ー普及は始まりましたか。
 「実際に認証を取得したサービスも登場しました。まだまだ認知度は低いけれど、それでも世の中は変わり始めたと思います。民間による認証は、行政による『これやっちゃダメ』型の業法規制とは違って時間がかかります。時間をかけても定着させていくというのが今の方針だと思います」
 「第三世代携帯電話と一体化したスマートフォンが日本で登場し、世間に認知されたのが2008年。今から10年前です。この変化スピードを考えれば、もっと先のことを考えてもいいかもしれませんね」

中村伊知哉氏インタビュー 後編はこちらから
<プロフィール>
なかむら・いちや 1961年生まれ。京都大学経済学部卒。慶應義塾大学で博士号取得(政策・メディア)。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。1998年 MITメディアラボ客員教授。2002年 スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学教授。内閣府知的財産戦略本部委員会座長、文化審議会著作権分科会小委などの委員を務める。CiP協議会理事長、吉本興業社外取締役、理化学研究所AIPセンターコーディネーター、東京大学客員研究員などを兼務。i専門職大学学長就任予定。著書に『コンテンツと国家戦略』(角川Epub選書)など多数。
                
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
先月からスタートした国交省マガジン「Grasp」、第2回のインタビュー特集は「シェアリングは経済成長の切り札か?」です。ご期待下さい。

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