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キッコーマン・茂木氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」

【連載#1】ポスト平成の経営者 キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏
 バブル崩壊に始まり、日本の低成長が続いた平成経済が終わる。人工知能(AI)の進化で生活が根底から変わる次の時代に、変化をどう読み、何を指針にすべきか。激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に双方の視点を聞く。第1回は、グローバル展開の先駆者の茂木友三郎キッコーマン取締役名誉会長。

危機感が出発点


 -しょうゆは日本発からグローバルスタンダードとなりました。実現したポイントは何でしたか。
 「日本発だからでなく、潜在需要を顕在化させられたからだ。戦後、日本でしょうゆを使う米国人を見て米国販売を始めたが、最初は半信半疑だった。実際、現地に『塩・コショウ以外のステーキの味付けはないか』という思いがあり、そこへしょうゆが来て、パーッと広がった。1973年に現地工場ができ、さらに伸びた。国際ビジネスの要諦は需要の確認と技術優位性、人材。重要なことは今も変わらない」

 -米国工場への投資は当時の資本金を超える大きな決断でした。
 「危機感が出発点だった。国内しょうゆ市場に頼ると成長が限定される。米国でしょうゆの評判は良かったが、問題は赤字。黒字化のために思い切って現地生産を決めた。今は利益の70%以上を海外が稼ぐ」

 -バブル崩壊やリーマン・ショックなど、度々起きる世界情勢の激変を乗り越えるには何が重要でしたか。
 「そうした世界の情勢に乗らないことだ。個々の企業にペースや体力がある。バブル期に借金してでも投資した企業のように、ペースを逸脱すれば一獲千金もあるが、反動もある。もちろんペースの中での最大限の努力と、ペースを速める努力は必要だ。AIのように新技術も、企業側が体力と適応性を高めながら導入する。流行だからと、似つかわしくないものをバッと入れると良くない」

若い世代に“勝つ味”を


 -体力とは何ですか。
 「企業の最も大きな体力は、付加価値を生む力。付加価値は、需要を創り出すことで高められる。理屈っぽい話になるが、経営学者のピーター・ドラッカー氏の金言に『企業の重要な役割の一つは、人々の持つ欲求を有効需要に変えること』がある。『こんなものがあったらいいな』と思うものがあれば、人は高い値段でも買う。そこに付加価値が出て、企業の力になる。この努力を続ければ、企業の体質になる。それには、技術もさることながら、最終的には技術を使う人が大事だ」

 -若い世代は経済成長を経験していません。ここに感覚の違いがあると思います。
 「それが非常に大きな問題なんです。バブル崩壊後に社会人になった40代以下の人たちは、どうやったら良くなるか肌で感じたことがなく、『勝つ味』や『勝ち方』を知らない。だから、おっかなびっくりになる。この世代に勝つ味を覚えてもらわないといけない。そのために、2-3%の経済成長をしてもらいたい。野球でもバレーでも、強いチームは勝ち方を知っている。ここのところ経済が良くなってきた。ベンチャーで成功する人が増えるのもいい」

キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏

 -今は市場にモノがあふれています。
 「世の中が良くなってしまったから、需要創造の機会が少なくなった。だから、経済成長しない。だが、アパレルブランド『ユニクロ』の肌着『ヒートテック』や、JR九州のクルーズトレイン『ななつ星』のように、今も需要の創造は確かにある。ななつ星は1泊100万円を超える部屋に、よくお客さんが集まると思うが、始まってみれば実は『乗ってみたい』という希望がみんなにあった」

 「いずれも考えに考え抜いて出てきたのだろう。目の前のお客さんも、世の中の動きもしっかり見る必要がある。案外、近いところに良い“タネ”が転がっていることもある。米国で新しいアイデアが市場に出てきやすいのは、アイデアを出す人や事業化する人、お金を出す人という分業ができている。全部1人でやるのは難しい。日本はアイデアマンが事業化しようとして失敗することもある。だんだん米国のような分業もできてくると思う」

自由主義経済を続けるため


 -国連のSDGs(持続可能な開発目標)や、循環経済(サーキュラーエコノミー)のように、経済成長への考え方が変わってきた印象があります。
 「今の自由主義経済、市場経済を永続するために、みんなで協力しようというものだと見ている。EU一般データ保護規則(GDPR)も、プライバシーの観点で必要に迫られて出てきた。これは、野球場の芝を守ってプレーするのと同じ。市場経済がダメになれば、誰もビジネスできない。今は経済も、仕事も変化している。ルールの内容だけに右往左往せず、『なぜそのルールができたか』を考えれば、冷静に対応できる。中には、最初は行き過ぎ、影響が大きすぎるルールもある。だが、それは人間の知恵で修正できる。それも自由主義だ。私は自由主義経済が良いと思う」

 「1960年頃に米コロンビア大に留学していた時、ソ連経済と米国経済のどちらが優れているか、世界で議論になっていた。私は自由主義経済を守るために何が必要か考え、経営哲学を勉強した。自由主義経済が間違う時は経営者が間違う」

 -若手ビジネスパーソンへ引き継いでほしいことは。
 「資源のない日本で、真面目で勤勉という日本人の良さはなくさないでほしい。最近は企業のごまかしが起き、問題だと思うが、基本的には日本人は真面目だと思う。それは世界で強みになる。若い人は時代ごとに良い人がどんどん出てきている。それぞれが自分の仕事の中で、需要を創り出していってほしい。それが経済成長や会社の繁栄につながる。世代の違いはいつの時代もある。私も20代の頃は『今の若い者は』と言われた。若い時は、若干の無責任さもあるかもしれないが、はつらつとし、元気なところがいい。若者は若者らしくやるのがいい」

キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏

連載「ポスト平成の経営者」


激動の平成を支えたベテラン経営者と、今後を担う若手経営者に「ポスト平成」への提言・挑戦を聞くインタビューシリーズ
(1)キッコーマン取締役名誉会長・茂木友三郎氏「世界の情勢に乗るな。自ら需要を創り出せ」
(2)キヤノン会長兼CEO・御手洗冨士夫氏「米国流に頼るな。グローバル経営に国民性を」
(3)テラドローン社長・徳重徹氏「『世界で勝つ』は設立趣意。不確実でも踏み込め
(4)ユーグレナ社長・出雲充氏「追い風に頼るな。ミドリムシで世界を席巻」
(5)プリファードネットワークス社長・西川徹氏「誰もが自在にロボット動かす世界を実現する」
(6)元ソニー社長・出井伸之氏「これが平成の失敗から学ぶことの全てだ」
(7)日本生命保険名誉顧問・宇野郁夫氏「経営に『徳目』取り戻せ。これが危機退ける」
(8)オリックスシニア・チェアマン・宮内義彦氏「変化を面白がれば、先頭を走っている」
(9)東京電力ホールディングス会長・川村隆氏「日本のぬるま湯に甘えるな。今、変革せよ」
(10)JXTGホールディングス会長・渡文明氏、10兆円企業の礎を築いた合併・統治の極意
(11)ダイキン工業会長・井上礼之氏「二流の戦略と一流の実行力。やっぱり人は大事にせなあかん」
(12)昭和電工最高顧問・大橋光夫氏、初の抜本的な構造改革、個人の意識改革が最も重要だった
(13)パナソニック特別顧問・中村邦夫氏、次の100年へ。中興の祖が語る「改革」と守るべきもの
(14)住友商事名誉顧問・岡素之氏、終わりなき法令遵守の決意。トップは社員と対話を
(15)セブン&アイHD名誉顧問・鈴木敏文氏、流通王が語るリーダーに必須の力
(16)WHILL CEO・杉江理氏、電動車いすの会社じゃない!「WHILLが建築をやる可能性も」と語るワケ
(17)ispace CEO・袴田武史氏、宇宙ベンチャーの旗手が語る、宇宙業界を変える民間の力
日刊工業新聞2018年11月28日掲載より加筆・修正
梶原洵子
梶原洵子 Kajiwara Junko 編集局第二産業部 記者
次の時代に向けた提言をいろいろな方に聞きたいと思い、連載を始めました。茂木取締役名誉会長が何度も語った「需要を創り出す」は、とても難しく感じました。でも、日々飛び交う情報を含めて、目の前のことに対して、しっかり目を見開くことから、まず始めなければいけません。次回予定は12月6日、キヤノンの御手洗冨士夫会長兼CEOです。日刊工業新聞紙面ではウェブより1日早く水曜日に掲載します。ご期待ください。

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