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炭素繊維メーカーが成形技術に積極投資し始めたワケ

“糸売り'“脱却へCFRP需要取り込む。日系3社の戦略を追う
炭素繊維メーカーが成形技術に積極投資し始めたワケ

三菱ケミのSMCを骨格部材に使ったバックドア

東レ帝人三菱ケミカルの国内炭素繊維メーカーが「炭素繊維強化プラスチック(CFRP)」の成形技術開発や高度化に積極投資している。中国などの新興勢力が炭素繊維の生産を拡大する中、炭素繊維のみを川下に販売する、これまでの“糸売り型”のビジネスモデルでは長期的な収益低下が避けられないためだ。航空機や自動車などCFRPの大口需要家に訴求力の高い成形技術を自社にどれだけ取り込めるかが、炭素繊維事業の成否を左右する。

 「品質はそれほど高くないが、新興勢力の市場参入や規模拡大は脅威だ。特に生産過剰による炭素繊維の価格下落を危惧している」。ある国内炭素繊維メーカー幹部は中国やインド、トルコなど新興メーカーの野心的な増産投資を前に表情を固くする。

 国内メーカーは炭素繊維の供給量で約70%の圧倒的な市場シェアをにぎるが、競合の生産力が増せば価格交渉などで主導権を奪われかねない。

 ただ、新興メーカーは炭素繊維の品質に関し、航空機などに使う上位品を中心に開発途上にある。CFRPの成形技術開発よりも、目先の炭素繊維の品質改善に重点を置かなければいけない現状がある。

 国内メーカーがCFRPの成形技術の開発を急ぐのは、競合の弱点分野を強化し、航空機や自動車メーカーなどCFRPの需要家に対する素材提案力で引き離す狙いがある。

 別の炭素繊維メーカー幹部は「この先数年で新興勢力に(CFRPの成形で)どれだけ水をあけられるかが勝負だ」と説明する。

高付加価値では欧米企業に分があり


 これまでCFRPの成形技術開発は、プリプレグ(炭素繊維に樹脂を含浸した半硬化状態の中間材料)を製造する「プリプレガー」や、プリプレグを積層・熱加圧するなどしてCFRPに成形する部品メーカー、知見を持つエンジニアリング会社がリードしてきた。

 特に、炭素繊維を加工し川下に販売するプリプレガーは設備投資も比較的小さく、炭素繊維のサプライチェーンにおいて、厚めの利益を得てきた。

 国内炭素繊維メーカーは世界の炭素繊維生産量の70%を占めるが、CFRPの部材や製品事業では高付加価値分野への参入に注力してきた欧米企業に分があり、国内メーカーのシェアは20%以下にとどまる。

 炭素繊維メーカーが分業化してきたCFRP成形への参入を急ぐのは、付加価値の高い分野も取り込み、炭素繊維生産の厳しい収益環境を支える狙いもある。
              

東レ、どの成形方法にも対応


 最大手、東レの戦略は明快。豊富な開発資金を生かして、CFRPの成形技術を総合的に研究する方針で、「全ての加工技術を検証し、どの成形が主流になっても対応できるようにする」(須賀康雄常務)。

 国内外の拠点を活用し、さまざまな成形方法を網羅的に捕捉する。東レは19年までの3年で化繊メーカーとしては突出した2200億円を研究開発費に充てるが、炭素繊維分野にも多くを割く方針だ。

 東レが強化する分野の一つ「フィラメントワインディング(FW)」は、樹脂を含浸した炭素繊維を型に巻き付け、硬化させる成形方法。

 FWは筒状部材の成形に適している上に、連続した繊維を材料に使うため製品の力学特性に優れる。これまでも自動車部品のプロペラシャフトに採用され、自動車メーカーの評価も高い。

 今後は水素自動車の燃料タンクにも有望な成形技術で、ニーズも期待できる。東レは付加価値を付けた高機能の炭素繊維生産を得意としており、安全を重視するタンク市場に売り込む思惑がある。
東レがFWで成形したプロペラシャフト用CFRP部材

三菱ケミカル、量産車重点


 三菱ケミカルは自動車に照準を合わせ、CFRP成形技術の開発を進める。特に量産車市場は同社が狙う“本丸”だ。同社は価格競争力に優れる高物性の汎用炭素繊維が強みで、量産車への適用が期待できるこれらの炭素繊維と、生産性の高い成形技術は切っても切れない関係にある。

 同社のシート・モールド・コンパウンド(SMC)は、長さ数センチメートルに切った炭素繊維を含む樹脂シートを積層し、プレスで硬化する成形方法。

 成形サイクルが短く、金属素材が優位性を持つ複雑形状にも対応可能だ。現在、愛知県豊橋市にSMCでは世界首位の年産3000トンの生産設備を保有し、ドイツの新プラントも17年中に稼働する。研究体制を強化し、成形サイクルのさらなる短縮なども進めているとみられ、ドイツ拠点の能力増強にも積極的だ。

 また、同社が開発した熱間プレス成形法(PCM工法)を使った自動車部品の開発と量産を担う新工場の建設も決め、国内自動車メーカーを中心に売り込みを加速する。

帝人、熱可塑性樹脂で独自色


 帝人は炭素繊維と熱可塑性樹脂を使った複合材料(CFRTP)「セリーボ」の開発を推進し、独自色を打ち出す。08年に開設した複合材料開発センターを中心に研究を続けてきたが、11年には業界最短の1分のタクトタイムを実現した。

 依然、耐熱性や耐薬品性などに優れる熱硬化樹脂が主流だが、あえて主流以外の開発に注力し、CFRP開発で先行するプリプレガーなどを一気に追い抜く狙いのようだ。CFRTPは量産性に加え、CFRPが課題だったリサイクル性も高く、自動車分野への訴求力は高い。

 帝人は11年から米ゼネラルモーターズ(GM)とCFRTPを使った部品の共同開発に入っており、国内外の自動車メーカーとも同様の取り組みが広がる。

 帝人は自動車部品市場において、これまでの素材供給者から脱却し、ティア1(1次下請け会社)になるとの方針を鮮明にしている。CFRTPの本格採用が決まれば、量産工場の新設に打って出る可能性も高い。
帝人がセリーボで試作した自動車構造部材(フロントバルクヘッド)

(文=小野里裕一)
日刊工業新聞2017年8月3日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
炭素繊維の比重は鉄の4分の1で比強度(引っ張り強度を比重で割った値)は10倍。寸法安定性が高く、耐熱性や耐薬品性に優れる。炭素繊維のみで使うことはほとんどなく、熱硬化性や熱可塑性を持つさまざまなマトリックス樹脂と組み合わせ、複合材料のCFRPにするのが一般的だ。  軽量で剛性の高いCFRPは金属部品の代替として有望視される一方、鉄鋼に比べ数倍―10倍程度と言われる高い生産コストや、複雑形状がつくりにくい成形性の低さなどが課題だ。特に、炭素繊維メーカーが取り込みを強化する量産自動車は、高張力鋼板(ハイテン)や高強度アルミニウムなど機能性を高めた金属が攻勢をかける。厳しさを増す金属との“主役争い”も、炭素繊維メーカーが自らCFRP成形技術の開発を主導し始めた理由の一つだ。 (日刊工業新聞第二産業部・小野里裕一)

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