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旭化成、多角化のDNAは進化しているのか

焦燥感を募らせる。新事業創出へ「健全なリスクテイク」を
旭化成、多角化のDNAは進化しているのか

自動車分野では世界トップシェア製品が少ないない

 現在、日刊工業新聞で「挑戦する企業 旭化成編」を連載している。3年前にも同じ企画で旭化成を取り上げた。多角化の「DNA」を持つ旭化成は前進しているのだろうか。連載初回の記事を比較しながら考えてみたい。

「車市場の開拓」共通目標へ


 旭化成が焦燥感を募らせている。2016年度の当期利益は過去最高の1150億円と業績は好調。ただ、多角化を社是としながら、00年以降、新事業創出ペースが落ちている。社長の小堀秀毅は16年度に大規模な組織改革を約13年ぶりに断行。石油化学や住宅事業が主導した第1次、第2次成長期と異なる収益の柱づくりを急ぐ。25年度に売上高3兆円(16年度比59・3%増)を達成する第3次成長期を迎えられるかの重要な局面にある。

 「成長するには新しいこと、変化することにチャレンジしなければならない」。4月3日、旭化成発祥の地の宮崎県延岡市で小堀は377人の新入社員へ語りかけた。それは自らへ言い聞かせる言葉でもあった。

 電気自動車(EV)普及で需要急増のリチウムイオン二次電池用セパレーター(絶縁材)に、スマートフォンに欠かせない電子コンパス、高級裏地に使われるキュプラ繊維。同社には世界トップシェア製品が少なくない。

 祖業は化学と繊維。今は住宅や電子部品、医薬品、医療機器まで手がける世界でも類を見ない多角化企業だ。一方で開発着手から30年以上経過した“中堅・ベテラン選手”の活躍が目立つという課題がある。

 新事業創出のペースが鈍った一因が、03年の分社・持ち株会社制への移行だ。化学や住宅、医薬など7事業会社へ分社化した。「新規事業開発の力が分散してしまった」(旭化成幹部)と、多角化の足かせとなった側面は否定できない。

 16年4月に社長に就任した小堀が最初にした大仕事が、事業持ち株会社制の導入。リソースを再び集結するのが狙いだ。17年4月には同期入社で技術畑の中尾正文を副社長へ昇格させ、二人三脚で新事業創出に挑む。

 中尾は「今やっておかないとダメだ」と強い危機感を隠さない。その上で「(研究開発の)土壌を整えるのが役割」と決意を語る。

 各部門の融合を促進するために「自動車市場の開拓」という共通目標も掲げた。技術融合でグループスローガンの「昨日まで世界になかったもの」を生み出し、顧客網を各部門で共有。軽量化や環境負荷低減につながる関連製品を総合的に提案する。25年度に自動車関連の売上高を15年度比約3倍の3000億円に伸ばす計画だ。

 自社のリソースを結集する一方で、他社との連携も進める。12年に救急救命医療機器大手の米ゾール・メディカルを約1800億円で、15年にセパレーター大手の米ポリポア・インターナショナルを同社では過去最大の約2600億円で買収した。ただ、巨額買収の明確な効果はまだ出ていない。小堀は「事業の成長戦略と人財戦略を連動させる重要性を痛感している」と人材不足の悩みを吐露する。

 これまで同社を支えてきた“多角化のDNA”はまだ生きているのか―。第3次成長の行方が、その答となる。(敬称略)
                     

日刊工業新聞2017年7月11日



ヘルスケアという新たなコア


 サランラップ、ヘーベルハウス、電子コンパス、人工腎臓―。複数の顔を持つ旭化成にとって、2014年は多角化経営の歴史にヘルスケアという新たなコア事業を生み出す節目の年になる。先頭に立つのが医薬畑出身で初の社長になった浅野敏雄だ。時代のニーズに応じて経営を革新し、新たな事業領域を切り開いてきた創業以来の伝統「挑戦するDNA」を継承。グループスローガン「昨日まで世界になかったものを」を具現化したヘルスケア製品に次の成長を見いだす。

 「事業環境の変化が激しくなる中、次の経営者は勇気ある決断が下せる人物が適任だ。それが穏やかさの中に強い意志を持つ彼だった」―。人事権を持っていた会長の伊藤一郎は、4月から経営を浅野に託した理由をこう説明する。

 浅野は医薬子会社の旭化成ファーマで研究開発を担当。骨粗しょう症治療薬「テリボン」、血液凝固阻止剤「リコモジュリン」を粘り強く主力製品に育て上げ、売却も検討された医薬事業を立て直した。医薬・医療部門の13年度の売上高営業利益率は19・3%と旭化成グループの主要部門でトップ。「目標数値を堅実に達成してきた」(伊藤)実績を買った。

 浅野に求めた勇気ある決断とは何か。伊藤はダーウィンの進化論を引用し、「生物の進化は環境変化に対応できた種だけが生き残った歴史。経済も同じだ」と例える。

 現に主力事業の石油化学は中国メーカーの生産過剰による市況低迷に苦しみ、国内生産再編に着手。18年ごろにはシェールガス革命で大きな変化が起きようとしている。

 急激な環境変化の中で省燃費タイヤ原料など独自技術が生かせる製品を増強。住宅もリフォームや省エネなど独自技術で差別化する戦略を打ち出すが、伊藤は「自力成長だけでは10年後の売上高は2兆5000億円(13年度比24%増)に留まる」と分析する。

 14年度に売上高2兆円企業となる旭化成が描く次の目標。それは10年後に3兆円企業となり、環境変化に対応できる体力を身につけることだ。その原動力が20年度の売上高目標を5000億円に設定したヘルスケア事業の拡大。目標達成にはM&A(買収・合併)という勇気ある決断が不可欠となる。

 15年度までの現中期経営計画で手元に残るM&A資金は2500億円。浅野は「当社は自前主義もありM&Aにアレルギーがあったが、今後は積極的に戦略に組み込む」と決意を示す。

 幸い浅野には、前社長(現副会長)の藤原健嗣が残した大型M&Aの成功事例がある。12年に約1800億円で買収した米国の救急救命医療機器大手のゾール・メディカルだ。

 過去最大の買収案件となったゾールは、心停止リスクのある患者に電気的な刺激を与えて心臓の働きを回復する着用式の除細動器「ライフ・ベスト」を持つ。通常の除細動器は体内植え込み型が主流だが、ゾール製品は肩ベルトとボディーベルトで除細動器を固定し着脱可能な着用式。患者の負担が軽い差別化製品を取り込み、ヘルスケア事業の基盤を作った。

 20年度のヘルスケア売上高目標5000億円のうち、半分は救命救急医療で達成する見込み。残る半分をM&Aでたぐり寄せることになる。

 狙いをつけるのは救命救急医療、ITを活用した在宅医療、細胞・再生医療分野の成長企業。ただM&Aはタフな交渉、合意の先に輝く未来が約束されているとも限らない。前経営2トップの伊藤―藤原は「経営スピードを速める執行体制への移行」というプレゼントを浅野に用意していた。(敬称略)
                 

※肩書き・内容は当時のもの

日刊工業新聞2014年7月24日



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武田則秋
武田則秋 Takeda Noriaki 編集局第一産業部
 過去、旭化成の経営は、長くROI(投資利益率)を経営指標として重視してきた。しかし、投資効率を追求するあまり事業環境の変化に対応しづらい事業体制や、環境変化を考慮せず事業戦略を立てるような慣習が社内に根付いていたという。経済が国際化し、企業を取り巻く環境が大きく、また急速に変化する時代になり、ROIを基盤とした経営や社内風土の改革が必要となった。  このためキャッシュフローを基盤とした企業に移行する狙いで、当時の経営陣は2003年に分社・持ち株会社制を導入を決めた。移行時に経営幹部に取材した際、「キャッシュフロー重視の体制確立という目標が達成されれば、さっさと次の体制に移ればいい。時代ごとに適した経営体制は変わる。変われないことが不健全だ」と話していた。そうした意味では今回、多角化を求めて事業持ち株会社に移行したことは、「自ら変わる」という健全さを持ち続けていたと言える。  また、2016年度末でD/Eレシオ0・35という極めて健全な財務基盤を持つ同社にとって、新規事業立ち上げやM&Aのための投資余力は充分だ。ただ、リソースを集中して新規事業を立ち上げようという投資は、額が大きくなることが予想される。当然、リスクも大きくなる。ここからは、市場の変化やリスクを読み、大型投資を決断する「健全なリスクテイク」が求められる。

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