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AI性能のカギを握る量子コンピューター、日本は世界で勝負できるか

基礎研究で存在感、開発競争激しく
AI性能のカギを握る量子コンピューター、日本は世界で勝負できるか

量子コンピューターのプロセッサーを実行する極低温の冷却装置(米グーグル提供)

 人工知能(AI)の性能を飛躍的に高めるとされる量子コンピューター。かつては「夢の計算機」と言われたが、2011年にカナダのディーウェーブ・システムズが商用化し、米グーグルや米航空宇宙局(NASA)などが相次ぎ導入して話題となった。世界では今、どのような開発競争が繰り広げられているのか。

 現在のコンピューターは「0(オフ)」か「1(オン)」の2進法を使って計算する。そこでは必ず0か1のいずれかの値を取る。これに対して量子コンピューターは、量子力学の法則に基づく「0」と「1」の重ね合わせの状態を情報処理の基本単位(量子ビット)として計算する。大規模並列計算が可能なため、スーパーコンピューターをはるかにしのぐ能力を持つ。

 一口に量子コンピューターと言ってもいくつかの方式がある。「量子ゲート方式」は正統派の量子計算機で、長年研究されてきた。これまで実現には相当の時間を要するとされていたが、グーグルが49個の量子ビットを実装した計算機を17年中に試作すると発表。5年内の実用化を掲げる。

 米IBMも3月、最大50個の量子ビットを持つ計算機システムを数年後に構築し、クラウド上で商用化する方針を打ち出した。両社が49個以上のビット数を目指すのは、それが現在のスパコンの性能の壁を破る一つの目安だからだ。ただ、現状では十数個程度のビット数にとどまっている。
16個の量子ビットを実装したプロセッサー(米IBM提供)

関心高まる「アニーリング方式」


 これに対し、近年関心が高まっているのが、ディーウェーブが採用する「量子アニーリング方式」を使った計算機だ。これは量子力学に従ったアニーリング(焼きなまし法)で、量子効果を使ってすべての解の候補を均等な重みで重ね合わせ、そこから最適な解を高い確率で探す。

 同方式の原理は日本生まれで、98年に東京工業大学の西森秀稔教授らが理論を提唱した。西森教授は、当初は実用は想定しておらず、統計力学における「スピングラス」(スピンがばらばらな方向を向いて固まった状態)の研究からその着想を得たという。

 同方式は「組み合わせ最適化問題と、AIの基盤技術である機械学習のためのサンプリングが目的」(西森教授)。社会の多くの現象は、膨大な数の選択肢から最適な解を選び出す組み合わせ最適化問題に落とし込める。AIを賢くする観点から世界中のIT企業が注目する。

 ディーウェーブの計算機が、実際に量子効果を使って動いているかについて、科学界では激しい論争があった。西森教授は「一定水準以上の量子効果が観測されるなど、ほぼ決着がついている」と説明する。量子アニーリング計算機は量子コンピューターとして認められつつある。

 6月26日から29日まで、量子アニーリングの専門会議である国際会議(AQC2017)が日本の東京・丸の内で初めて開かれた。

 グーグル量子人工知能研究所は独自手法の新しい計算機の回路を発表。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者が、米国が立ち上げたアニーリング計算機の開発プロジェクトを紹介した。
              

VWが自動運転の計算機に


 ディーウェーブは1月に発売した従来モデル比2倍となる2000個の量子ビットを持つ新型計算機「2000Q」の詳細を発表した。

 同社はグーグルやNASA、米ロッキード・マーティンや独フォルクスワーゲン(VW)などを顧客に持つ。VWは将来の自動運転システムに量子計算機を使うとみられる。

 日本からは、産業技術総合研究所が量子アニーリング装置のためのプロセス技術、理化学研究所の蔡兆申チームリーダーが計算機の基本素子となる最新の超電導量子回路を報告した。

グーグルはハイブリッド型も


 ディーウェーブと共同研究するリクルートコミュニケーションズは、量子計算機の利活用に向けた導入事例を挙げた。日本は基礎研究では存在感を示すものの、量子計算機システムとしての報告はなかった。

 量子ゲートも量子アニーリングも、従来のコンピューターの機能を完全に置き換えるものではなく、まだ特定の用途に限られる。

 グーグルは従来コンピューターと量子計算機のハイブリッド型も検討しており、今後あらゆる角度から研究が進むだろう。量子コンピューターは将来、どの方式が主導権を握るのだろうか。
ディーウェーブが1月に発売した新型計算機「2000Q」

「AQC2017」組織委員長・西森秀稔氏インタビュー


 ―AQC2017の感想は。
 「これまで基礎研究にとどまっていた量子アニーリングの分野が、応用へと広がってきた。実際にモノ(ハード)ができているため、性能も評価しやすい。質、量ともに、研究が急速に拡大しつつあると感じる」

 ―今回の注目の発表は何でしたか。
 「ハードは一気に性能が上がったというような派手な話はなかったが、着実に進展しているという印象だ。一方、理論では、ディーウェーブが計算機上で複雑なスピングラスのシミュレーションに初めて成功した。今後、こうしたシミュレーターとしての用途も広がっていくだろう」

 ―量子アニーリング方式はいち早く実用化されましたが、用途は限定されます。
 「理論に基づいて実機が作られ、それが世界的な流れを生み出したことは大きな前進だ。量子アニーリングは『最適化問題向け』という制約はあるが、用途においては確実に進歩している。そう遠くない将来、AIの性能向上に不可欠な存在になると期待する」
(聞き手=藤木信穂)
日刊工業新聞2017年7月5日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 AIの性能を高める量子コンピューターは、新薬開発や高精度な気象予測、モノづくりの高度化など産業にも役立つ。組み合わせ最適化問題の中で、代表的なのは最短経路を求める「巡回セールスマン問題」で、大都市の渋滞解消や無線周波数の効率的割り当て、新材料探索などに威力を発揮するとみられる。  一方、組み合わせ最適化問題を解く計算機として、内閣府のImPACTプロジェクトでは「レーザーネットワーク方式」の開発を進めるほか、富士通や日立製作所が既存の半導体回路を使った計算機を開発する。AQCでも発表した富士通研究所の田村泰孝フェローは、「量子アニーリング計算機が狙う問題は、集積度の高い既存の半導体技術でも十分に解ける」と話す。 (日刊工業新聞科学技術部・藤木信穂)

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