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理研・産総研・物材機構、産学連携の“裏キャッチフレーズ”を考えてみた

三者三様の戦略
 特定国立研究開発法人の理化学研究所産業技術総合研究所物質・材料研究機構が三者三様の産学連携戦略を描いている。基礎に強い理研は幅広く投資を集めるため外郭法人を構想。産業界に近い産総研は研究所内に企業のラボを受け入れる。この中間に当たる物材機構は特定の業界専門の中央研究所として振る舞う。3法人の取り組みは日本の産学連携のモデルになる。

物材機構<表>素材開発の司令塔、業界横断で課題解決


 政府は産学連携を、研究機関と企業が組織同士で契約する組織連携に高める戦略を掲げる。

 技術と事業を同時並行で開発すれば、研究から社会実装までのイノベーションの確率は高まる。知財や共同研究を産業界に売り込む技術営業や、研究計画の進捗(しんちょく)管理など、組織連携に必要な機能は3法人共通だ。違うのは連携を呼び込む仕組み作りと、研究成果に価値を加える部分だ。

 例えば物材機構は化学と鉄鋼の二つの業界にターゲットを絞った。業界の主要企業を巻き込んでコンソーシアムを組み、業界共通の技術課題を抽出して物材機構が解く。研究で得た材料データはデータプラットフォームに蓄積して、他の研究を加速するために活用する。特定業界の中央研究所のように振る舞い、より深くかつ業界横断的な関係を築く。

 材料分野は一つの特許の力が強くなく、製造プロセスや材料の計測管理手法などにノウハウを詰め込んで競争力を磨く。各企業が技術のブラックボックスをできるだけ大きくしようと志向する。物材機構の橋本和仁理事長は「材料は特許一つで完結することはない。業界には業界にあった技術移転方法がある」と説明する。

 例えば材料特許をもとにベンチャーを立ち上げても、材料メーカーにとっては技術導入しにくくなる側面がある。早い段階から物材機構の研究と企業のもつノウハウをすり合わせる方が実用化までたどり着く確率は高くなる。材料データや先端設備をそろえて中央研究所としての体力を鍛えることが連携強化につながる。
             

理研<表>外郭法人で投資募る、産業界が成果活用


 生命科学から人工知能(AI)まで幅広い基礎研究を抱える理研は業界に特化した戦略はとれない。

 そこで理研の外に事業開発を担う法人を立ち上げ、研究情報を集約して投資を集める構想だ。新法人は理研が100%出資して経営権を握り、事業会社と大型共同研究を企画したり、ベンチャーを興して投資機関と新規株式公開(IPO)を狙ったりと幅広い出口を用意する。

 理研の松本紘理事長は「産業界に理研が使われるのではなく、理研の成果を産業界が活用できる仕組みをつくる」と強調する。「特許料収入は頑張っても数億円。基礎研究が製品化されるころには特許切れまで数年しかない。製品の売り上げから0・1%でも対価を頂ければ継続的な収入になる」と期待する。

 基礎研究を実用化に結び付けるシナリオ作成機能も強化する。2017年から未来ビジョンを描くイノベーションデザイナーの雇用を始める。人文社会系の研究も強化し、技術開発と社会変革のすり合わせも進める。入り口である基礎研究と、ビジョンという出口を押さえて、イノベーションのタネに投資を集める。
                            

産総研<表>企業ラボ、連携相手“はなれ”で仲介


 産業界に近い産総研は企業を内部に取り込む戦略だ。産総研も研究領域が広く業界を絞れないのは理研と一緒だ。

 産総研は実用研究が多く企業とは密な連携が必須だった。そこで産総研の中鉢良治理事長は相対(あいたい)契約導入を進めた。特定企業と組み共同研究の途中で、論文として研究成果にする内容とノウハウとして秘匿する内容を分けて判断している。

 業界ごとに要求が変わるため、産総研は各研究領域の裁量を広げた。バイオやエネルギー、AIなど各領域が業界と戦略を考える。

 ノウハウとして周辺技術をブラックボックス化する材料・化学領域、成果を国際標準化機構(ISO)規格などの標準化と結び付けるロボット領域、半導体製造のビジネスモデルに合わせた装置を開発するエレクトロニクス領域など、研究成果がビジネスになるように価値を加える。

 産総研の内部にはさまざまな相対契約が存在する。そこで組織連携の相手からは企業研究者に加えて戦略担当や計画管理の人材も迎える。

 連携企業が社風や研究ステージにあった情報管理ができるようになる。産総研の中に企業研究所の“はなれ”を設置させる。中鉢理事長は「企業から研究者と戦略担当者を迎え、産総研はエース級研究者や先端設備を提供する。自社の研究ポートフォリオに組み込める」と説明する。
                 

出資解禁、産業界にプラス


 3法人の戦略には課題もある。理研の外郭法人は研究開発力強化法の改正が必要だ。現状では出資ができる研究開発法人は科学技術振興機構などに限られる。文部科学省は早ければ18年の通常国会に改正案を提出する。

 この法改正のチャンスを他の研究開発法人が生かせるかが焦点だ。条文の修正案は検討中だが、すべての法人に出資機能が解禁される可能性は低そうだ。

 文科省の担当者は「法改正は何度もできない。改正に間に合わず、後から入れてくれと言われても対応できないだろう」と説明する。物材機構の橋本理事長は「現在進めているプランとは異なるが、産業界が望むなら活用したい」という。

 これまで基礎研究と将来ビジョンに対して、十分な対価が支払われてこなかった。松本理事長が「情報は無料(ただ)という考えは大間違い」と強調するように産学連携の文化を変える必要がある。

共同研究の工程管理、トップダウンの采配必要


 共同研究、ベンチャーの仕事量やテーマの変動をどう吸収するかも課題だ。企業の開発部門は数週間単位でテーマを入れ替える。一つのアプローチが失敗すれば別の研究者を巻き込んだチーム再編の必要がある。産総研の中鉢理事長は「トップダウンの采配も必要になる。産と学のトップ同士がコミットを示すことが重要」とする。

 ベンチャーでの開発は論文にならない技術検証が中心。負荷やテーマに応じてベンチャーの中で研究者を入れ替えるには雇用が問題になる。母体機関の研究者が開発を担えば本来の研究が停滞しかねない。

 本来はベンチャーに大学の助教から准教授クラスの人材を束ねて、短期集中の開発を進めたいところだ。プロジェクトが成功すればIPOや、大企業に研究チームごと買収させて技術移転し、失敗すれば潔く解散。解散後は、論文にならない開発経験を評価して各機関が人材を再度迎えるような仕組みが必要になる。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年6月2日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 取材先とキャッチフレーズを考えていて、理研を「イノベーションの錬金術師」、物材機構を「下請けの顔をしたR&Dプラットフォーマー」、産総研を「企業に稼がせるために清濁併せ呑む研究所」という表現が井戸端会議ではウケます。矮小化したよくない表現ですが、とても面白いと思いました。理研は三井住友銀行と業務連携に関する覚書を結んでいて、産学連携の仕組み作りから協力しています。理研の「外郭法人×投資機関」はピュアな研究者からは出てこないスキームだと感心しました。産総研の「相対→取り込み」は企業出身、物材機構の「業界の中央研」は大学出身の理事長のスタイルが現れているように思います。三井住友銀行は産総研とも結んでいて、理研と産総研は法改正で資金の出資が解禁される研究機関の筆頭候補になっています。制度改正でイノベーションを中心にカネの巡りは良くなりそうです。ヒトの巡りは丁寧に進めてほしいです。

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