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論文の書き逃げは許さない!「研究室から現場へ」が不正防止につながる

<研究不正・パラダイム転換へ#08=最終回>実用化まで責任負う
 不正は企業や官公庁にも存在するため、学術界の新たな不正対策の参考になる。企業は不正を防ぐため、コンプライアンス(法令順守)コストを必要経費として扱う。例えば証券会社は違法な取引を防ぐため、営業職の勧誘電話を聞く監視役を置く会社もある。金融機関は職員の使い込みを防ぐためにダブルチェックを欠かさない。不正の発生する前提で防止策を日常業務に組み込んでおり、大学に組織として規律の担保を求める声も挙がる。

 ただ、学術界と企業のコンプライアンス管理が異なるのは、大学が一つの組織ではない点だ。大学の研究室はそれぞれ独立しているため、中小企業の集まりに近い。「学問の自由が憲法で保障されている以上、大学トップは個々の研究内容に口をだせない。

 このため、本質的には学長も研究内容の責任はとれない」と科学技術振興機構の野依良治研究開発戦略センター長は説明する。

 また、研究者を束ねるはずの学会は拘束力が緩やかなため、業務を分析するなどコンプライアンス確認の手間を組み込む部署はない。京都大学の西川伸一名誉教授は、「ヒエラルキー的な管理は学術界にはなじまない」と指摘する。

 ただ、こうした傾向を改善するため、研究者自身に実用化に向けた責任を負わせる試みも広がる。例えばロボットは研究の再現性が高く、互いに検証しやすい分野だ。それでも「大学は研究室でしか動かないロボットを作り、実態に即さない条件でデータを集めて論文だけ書いている」という批判があった。直接の不正ではないが、現場で使えない技術を開発しても企業は見向きもしない。

 ロボット分野では、実地に近い環境でテストする「フィールド検証」に研究がシフトしている。信頼性や運用性の検証まで研究者が担うことで、論文の“書き逃げ”を防ぐ効果がある。災害対応ロボットを開発する東北大学の田所諭教授は「基本原理に立ち返り、信頼性を高めることは研究者本来の仕事」と強調する。

 これは産業界で中央研究所が解体され、企業研究者が現場と研究室を行き来するようになった流れとよく似ている。医学研究でも臨床研究による治療法の概念実証(POC)まで大学研究者が担うようになってきた。

 また倫理学の自立も必要だ。本来、研究者倫理は研究不正防止のための学問ではない。東京工業大学の札野順教授・公正研究推進協会理事は「倫理研究は、研究者としてのあるべき姿や社会の中での科学の役割を考えることだ」と説明する。不正防止のための倫理から、より生産的な倫理の探究へ転換が必要となる。

 研究者は社会から、不正防止の組織管理ができないなら、「研究室にこもらず現場に出ろ。実用化まで責任をとれ」と言われているのかもしれない。
               

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年4月25日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
論文の書き逃げを防ぐために、「研究室から現場へ」の流れは大きくなりました。課題は一人の研究者の能力を超えてしまうことです。研究室ではぶいぶい言わせていた先生も、現場ではからっきしで、トラウマになって研究室から出なくなったと笑われることもあります。「基礎は基礎、応用は応用の専門家を育てるべし」という声も大きくなっています。この意見への反論が「基礎と応用、産と学がちゃんと連携しろ」というものです。基礎と応用、産と学の両方とも連携に資する相手がいない、ということはないはずでした。「研究室から現場へ」の問題は「現場」がない分野の研究の評価です。応用研究や産業がまだない基礎研究は評価者や連携先がいません。ですが論文の書き逃げへの批判は今後も大きくなっていくと思います。応用がないなら応用を自分で開拓できる人でない限り、その基礎を任せられないとなっていくのかもしれません。

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