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NAFTA見直しでトランプはメキシコから返り討ちに合う!?

トランプがメキシコを非難するほどペソ安が進む
NAFTA見直しでトランプはメキシコから返り討ちに合う!?

メキシコのペニャニエト大統領(左)とトランプ米大統領

 トランプ米新政権は20日、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を求め、参加国のカナダ、メキシコが応じなければ離脱する意向も示した。「米国第一」を徹底し、保護主義的な政策を辞さない構えだ。トランプ大統領は就任前から口先介入で米フォードのメキシコ工場新設を撤回させるなど、過激な発言は止まらない。日本企業の北米戦略にも影響を与えるだけに、今後の行方は予断を許さない。ただ、米国第一主義を掲げる新大統領の発言にはつじつまが合わない部分もある。日本企業は、冷静に対応する必要がありそうだ。

 メキシコに工場を移転すれば、同国からの輸入品に35%の関税をかける―。トランプ氏は、こう豪語してきた。米国のメキシコ向けの貿易赤字は2015年に606億ドル(約7兆円)に達する。

 3000億ドル(約34兆円)を超える中国には及ばないものの、中独日に次ぐ4位の規模だ。トランプ氏はこの赤字の解消に意欲を燃やす。
              


「2.5%の関税なら、ペソ安で十分カバーできる」


 しかし、これはメキシコから米国に入るモノの流れだけを捉えた一方的な見方にすぎない。実は米国からメキシコへのモノの流れを見ると、メキシコはカナダに次ぐ第2位の得意先。輸出に占める割合は15年に15・7%を占め、決して小さくない。

 35%の高関税が本当に実現すると、メキシコも報復関税を課すのは間違いない。そうなれば、米国の輸出企業も打撃を受ける。トランプ新大統領の弱点は、一方的な攻撃ばかりに目が向けられ、返り討ちにあった場合の想定が一切念頭にないことかもしれない。

 トランプ氏が公言してきた北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉についても、利するのは米国とは限らない。仮に交渉が難航して従来の世界貿易機関(WTO)ルールに税率が戻った場合、米国への自動車の輸出関税は2・5%。足元のメキシコの通貨は1ドル=21ペソと、15年の同15ペソと比べ40%下落している。

 「2・5%の関税なら、ペソ安で十分カバーできる」(日本貿易振興機構〈ジェトロ〉米州課の中畑貴雄氏)といわれる。

 また「トランプ氏がメキシコを非難するほどペソ安が進む」(中畑氏)という皮肉な状況にある。トランプ氏は自らの発言がブーメランのように自国に跳ね返ることを、いつ気付くだろうか。
              


企業が経済合理性に目をつぶる?


 もっとも、メキシコも安心してばかりはいられない。ペソ安は輸入品の物価上昇を招く懸念があり、国内消費にはマイナスとなる。また消費を支えてきた米国に渡ったメキシコ移民からの送金を巡り、トランプ氏が何らかの制限をかける可能性があることにも注意が必要だ。

 さらに、トランプ氏によるツイッターでの攻撃を恐れるあまり、企業が経済合理性に基づかない行動に出ることにも留意する必要がある。

 ジェトロの中畑氏の試算によると、米フォードの中型セダン「フュージョン」では、人件費、部品調達経費などを加味すると、メキシコで生産した方が1台当たり1200ドル(約14万円)のコスト削減効果が見込めるという。

 本来なら米国よりもメキシコでの生産がコスト競争力の上で有利だとしても、米国企業は自国の大統領の発言をむげにはできない。同様に日本企業も他人事ではいられない。これがメキシコにとって最も気がかりな点だ。
(文=大城麻木乃)
日刊工業新聞2017年1月20日の記事を加筆・修正
池田勝敏
池田勝敏 Ikeda Toshikatsu 編集局経済部 編集委員
米フォードがメキシコ新工場建設撤回を表明したが、日本の自動車メーカーは冷静だ。トランプ氏に名指し批判されたトヨタ自動車。米経済への貢献を理解してもらうために、豊田社長はペンス副大統領と会談。その後も幹部は「進出すると決断した以上、粛々と進めたいという意志に変わりない」と話す。その上で「トヨタはすべての進出国において、その町一番の自動車会社になりたいとずっと言ってきたし、これからも変わらない」とグローバル展開の基本姿勢を変えてはいない。トヨタの新工場建設に伴い、メキシコで18年1月に新工場稼働を計画するアイシン精機も「企業市民となってそこに定着し、しっかりビジネスをしていくことが基本。新しい需要が出てきているので我々はつくる」(伊原保守社長)と強調する。自動車用ランプの生産する小糸製作所の三原弘志社長は「完成車メーカー各社が工場建設や拡張などを予定しているため、動向を注視している」という。

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